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トイレの神さま

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クリスマスイブだというのに尾籠な話で恐縮です(>人<;)

トイレの壁の高い所に2枚のお札が貼ってありました。
それもずっと長い間、貼りかえることもなくです。

右端のお札賜ったときに記事にしました。
→ 2011-06-05 1000円高速終了までに丹後と若狭の札所へ

西国33箇所 第29番 青葉山 松尾寺
関電の原発がある高浜町がすぐ隣町でした。

今年晩秋、さらにひとつ、ちの輪のお守りが増えました。



11/23に日吉大社をボランティアガイドさんの案内で参拝しました。
東本宮楼門右手に台が置いてあり、そこにこのちの輪が。

なんかものすごく気になって、買おうか買うまいか…

一緒に案内してもらってたご近所在住の方が言われるのには、
あれはトイレのお札で、新春に新しくするんだと。
へぇ~ トイレに特化した ちの輪 って珍しいー

我が家は10月終わりにトイレをリフォームしたのでチャンスですね、
ということで、また戻って、たった一つ残ったそのちの輪を賜りました。

帰ってから壁に貼って、よくよく調べてみたら、日吉大社摂社のひとつ
唐崎神社のお守りでした。

夏越の祓であるみたらし祭には多くの参拝者があり、女人の信仰が極めて篤く、殊に婦人病、下の病には霊徳があるという。

唐崎神社は、琵琶湖畔に面していて松で有名です。

松尾芭蕉の俳句は「辛崎の松は花より朧にて」

門真市の三島神社の薫蓋樟(くんがいしょう)という大楠の立て札にも書かれてあります。
「村雨の雨やどりせし唐崎の 松におとらぬ楠ぞこのくす」
この唐崎を門真市の名所旧跡案内で唐土としてあり訂正したほうがいいと書きました
2011-08-28 大阪緑の百選のNo.1 薫蓋樟
そのリンク貼ったページ見に行ったらすでに削除されてた。


歌川広重の唐崎夜雨図 はじめ、近江八景「唐崎の夜雨」でも知られます。

いつかそのうち、その松を見に行こうと思ってました。
あの日の三井寺&日吉大社参拝ハイキングでは行きませんでした。


今回、トイレの神さまを、たまたま授かって、
ちょっと不思議だなと思ったことは、唐崎神社のご祭神です。

持統天皇11年(697年)に創建されたと伝えられ、かつては「女別当社」と呼ばれたこと。

ご祭神の女別当命は、この地に初めて住みつきここを唐崎と名付けた琴御館宇志丸(ことみたちうしまる)の御妻君。

女別当命は、わけすきひめのみこと と読みます。

どの漢字にどれを当てはめるのか、ワケがわからん時は検索を重ねると不思議にたどり着きます。



唐崎神社←川原先←川の下流←禊場→お手洗い→御手洗(みたらい)→御手洗(みたらし)→水垂らし→ミタラシ団子→団子=水子との解釈も?


もっともっとふか~いワケありそう。

一人で食べるときの味噌煮込み鍋

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今晩はおろし鍋の予定でした。
「味噌煮込みうどんの素」で うどん無し鍋にしようと急に気が変わった。

もともと豚汁、けんちん汁、粕汁といった実だくさんの汁もの大好きでよく作ります。

今日は半分出来合いを使います。
味噌煮込みうどんの素はダシ入り調味味噌です。
イチビキのは豆味噌と米味噌を合わせた絶妙の味。
ちゃんとダシもきいてるし。

鍋に味噌を入れお湯で溶かし固い人参から、白菜ジク ネギ 生椎茸。
そのうえに豚肩ロースを並べてのせました。
さらに白菜の葉部分 三つ葉で覆いかぶせて一煮立ち。
ゆずの皮を数切れのせて美味しくいただけました。



ちょうどお餅も焼けてうどんの代わり。
あっという間にできてプロの味 (^_-)-☆

WG-30W

年末のトホホな画像あれこれ

2回めの送信実験★WG-30w

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新しいデジカメをWiFiせっていで、リモート撮影し画像送って、みました。
でも、今回は帰省した長男にやってもらったから(≧∇≦)
今後も自分でできるかどうかは…

来る乙羊は「雷山小過の五爻」って?

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今年最後の乾杯^_^大枝神社地車隊の忘年会でした。違うグループだとまた違った店で新鮮。明日と明後日は防犯夜周りで今年の公的仕事が終わります。皆様もくれぐれもご自愛のうえよいお年をお迎...>続きを読む

今年も暮れの28日に大枝神社地車隊の忘年会があり、うれしいことにてっちりでした(^^)


29、30夜は地域の防犯夜回り担当日も無事終了しました。
昨日朝には玄関にしめ飾りも飾りました。
年賀状も書けたのはいいけど、今年は2枚戻ってきました。
1枚は宛どころ見あたらず、もう一枚は宛名書いてない白紙、今後こういうことが年々増えていくのでしょうね。

すでに疲労蓄積してますので、お正月を迎える掃除はほどほどにしようと、先に、
今年もブログ訪問いただいたお礼を申し上げ今年最後の投稿します。
来年もご愛顧賜りますよう よろしくお願いいたします。




生駒山に真言律宗大本山 宝山寺があります。
戦後すぐに質屋を始めた初代から毎月一日にお参りさせてもらってて、年末に新しい暦を下さいます。

最後に平成27年乙羊の歓喜宝暦による心構えと投資方針が載ってます。
そこに書かれてる来年の卦は、「 雷山小過の五爻」

どんな意味かというと

小過。亨。利貞。可小事。不可大事。飛鳥遺之音。不宣上宣下。大吉。
(しょうかはとおる。ていによろし。しょうじにかなり。だいじにかならず。ひちょうこれがいんをのこす。のぼるによろしからずくだるによろし。だいきち。)

小は陰です。小過は小なる者が過ぎるということです。而して小く過ぎて可なのは行の恭に過ぎ、喪の哀に過ぎ、用の倹に過ぎるのことのみです。飛鳥の声は上らずして下ります。此れ上るに宜しからず、下るに宜しい所以です。此の他彖象の義古人の辨がありますが、今ここには説きません。

古典を考えるに少彦名神(すくなひこなのかみ)は天津神ですが降って再び昇られませんでした。下るに宜しの義です。雀(さざき)羽はこれ飛鳥です。此神の御形も小過の謂です。


高い山で雷鳴轟く時、その雷に右往左往してはいけないようです。
雷山小過の時は、 オーバーなことを望んだり行なったりすることは禁物で、身の程を知って進むことが大切らしいです。

今年もさらにパワーアップした異常気象に多々見まわれました。
経験したことのないとか、200年に一度だったりの災害で命を守る行動に最後は各自の判断に委ねられます。

己を見つめ身の丈にあった暮らしを心がけ、今できることからコツコツと。
いつの時代もそうでしょうけど、時代が大きく動くとき、地球自体も変わろうとしている時こそ、なお一層浮き足立ってはいけないと戒められた卦なんでしょう。

どうぞよいお年をお迎えください。

謹賀新年

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あけましておめでとうございます

ちょっと冷たいけど清々しい元旦です
いい年になりますように

本年もどうぞよろしくお願いいたします

おせちをよばれられることに感謝して

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今年のお正月も妹んちの元旦パーティへ。
オーストラリアから姪Mちゃん一家も帰国してて総勢16名。

今年は敏腕編集長である姪Nちゃんの力作おせちが素晴らしかった。
広告費節約のTV界とじゃらんR社の思惑が重なっていろんな旅番組で見かけました。

親戚だからの身贔屓でなくて、ホンマ
べっぴんさんですよ~
おまけに料理はうまいし、ちびっこの扱い方も要領得てるし。



ノリノリの妖怪ウォッチダンスに目がテンなエソラと

大神神社初詣

大和三山登頂 V(^_^)V

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畝傍山の山頂から見た金剛山



反対側に奈良の街並みが見えました。

寒くなく暑くなく今日はウォーキング日和でした。
11月の終わりに申し込んでたので、去年暮れからのまさかの大雪には気を揉みました。

今年は春から縁起いいかも~

大和三山
耳成山 標高139m
香具山 152m
畝傍山 199m

大神神社着いた時にウォーカーを起動させました。
三つ登って 23387歩でした(^^)


ゼンゼン関係ないけど、昨日このブログにアクセスしていただいたIP数は 369 ミロク
やっぱりいい日やったんですね。

大和三山が見守ったわが国最初の都・藤原京

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関西で生まれ育つと学校の遠足は奈良や京都へ出向くことが多い。
しかし当時はあまり興味もなかったので、行った!というだけ。
確か中1の秋の遠足で飛鳥を歩き、石舞台の上に乗った記憶があります。

やがて年を重ね歴史の知識も増えてくると、
藤原京ってどこにあったんだろう、
天の香具山に干した衣ってどんな風に見えたんだろう、
などなどフィールドワークしてみたくなりました。

ちょうどそれらの希望を満たしてくれるウォーキングツアーを昨秋見つけました。
毎年お参りする大神(おおみわ)神社に初詣してから、大和三山の全てに登るというコースです。
お弁当付いて5980円。
自分の車で行ったらもっと安いけど、3つの登山はどう考えても無理なので早速申し込みました。
いつものお連れはお正月松の内で皆出にくいため、初めてのドキドキひとり参加です。

朝7:20梅田集合。
観光バス1台、33名の参加でした。
西名阪の香芝で休憩後、天理で高速を降りて桜井市の大神神社へ。
まだ朝早いのにすでに駐車場満杯でエライ人出です。
1日2日が雪だったので初詣の人がこの4日に集中したらしいです。

自由参拝は一時間の余裕があり ちゃんと狭井神社のお水も賜ることができました。

参詣後またバスに乗車し耳成山のふもとの住宅地で下車。

10:40登山開始し降りてきたのは11:20
約3300歩ぐらい歩きました。

139mのお椀のようななだらかな小山をぐるっと周回するコースはなだらかで快適でした。


山頂でスタンプ押しました。
 ←クリックで拡大します
(新しいアウトドアデジカメからWiFiで画像取り込めるようになったもののサイズが小さくできなかったので)

三角点にデンして、少し降りた地点に耳無山山口神社。
下りは階段参道で降りたのであっという間。
下の鳥居前に天神社と書かれてあったような。
撮影したはずなので画像見つけたら後で貼っときます。

耳成山から住宅地などを約30分歩いて 藤原宮跡へ。


説明立て札の左側に木立が見え、その後ろに耳成山。



振り返ると、最後に登る畝傍山が見えます。
 ←クリックで拡大します


そして発掘現場越しにこれから向かう天の香具山
 ←クリックで拡大します




藤原京は、中国の都城制を模して造られた日本初の本格的な都城でした。
持統天皇が飛鳥から藤原の地に都を遷したのは694年のこと。
新たな都の造営は、亡き夫・天武天皇を意志を受け継いだ中央集権国家の確立には欠かせない一代事業でした。その大きさは、東西方向約5.3km、南北方向4.8kmで、平城京、平安京をしのぐ古代最大の都です。
藤原京時代には大宝律令が制定され、貨幣も発行されました。初めて「日本」という国号を使用したのも藤原京を発した遣唐使でした。
橿原市のサイトより引用

天の香具山はまた登ってみたい不思議なお山

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大和には 郡山あれど とりよろふ 天の香具山
登り立ち 国見をすれば 国原は 煙り立ち立つ 
海原は かまめ立ち立つ うまし国ぞ あきづ島 大和の国は
舒明天皇の歌です(巻1-2)

その昔、天から降りてきた山ともいわれる大和で最も格式の高い神聖な山ですからゴミはお持ち帰りください、という立て札です。

山頂からは木々が覆い茂りあまり見晴るかすことはできません。
   
← クリックで拡大、以下同様、小さな画像はクリック拡大します



大和三山登頂の記事に、吉田さんがコメントに天香久山は特殊構造の山だと書いてくださってます。
もともとの山の性質が特殊で、天皇の国見と雨乞いの山で普段は禁足地だったと思われると。
私自身も、ど素人ながら何か感じる所が多々ありましたので、ちょっと詳しくレポートしたいと思います。



耳成山から藤原宮発掘地を通り上地図の右下から香具山登山。
奈良文化財研究所の左側になんか気になる場所でしたので歩きながら撮影しました。




家に帰ってから調べてみました。

畝尾都多本(うねおつたもと)神社
祭神は泣沢神、埴安の池の水神でその水源の地に祭られ、涙によって成ったという伝説を有す。
また今度見に行こう~




香具山は高さは知れてますが急坂が続きちょっとしんどい山でした。
生駒の暗がり峠みたいなれど、距離は短いので助かりました。

山頂には国常立神社 

「祭神は国常立命(天地開闢とともに現れた国土形成の神)。俗に雨の竜王と称され、境内社として高靇神(竜王神)を祀る。向かって右側神殿の前に壷が埋められており、古来干天の時この神に雨乞いして壷の水をかえたが、まだ降雨のない節はこの社の灯明の火で松明をつくり、村中を火振して歩いたという」

2つの小さな祠のうちの右側は高靇神が祀られていて、
下前に井戸のような感じで壷が埋められていました。



かつてはここに天香山神社があったそうで、現在は北麓に移転しています。
登り道と違って、その天香山神社側へ下りました。

南麓に天岩戸神社があるも今回は行きませんでした。
天照大神を祀りますが社殿はなく、岩戸隠れの伝承地とされる岩穴や巨石を神体としているそうです。



国土地理院の地図では「天香久山」と記載されます。
万葉集で「天」という美称がつけられた山は香具山だけ。

大和三山の中で最も神聖視され「天の」を冠するのは天から降り来た山と言われています。
天から山が2つに分かれて落ち、1つが伊予国(愛媛県)天山(あめやま)となり、1つが大和国天加具山になったと『伊予国風土記』逸文に記されているそうです。

続く

天香山神社の櫛眞知命と天之波波迦と埴土

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天之波波迦(あまのははか)
天香山神社境内にある朱桜という古名で知られる「波々架の木」
古代の占い・太占に用いられたと言われています。
ハハカは油分が多くよく燃えるらしいです。

「 いばら科の木で朱桜(にはざくら) 別名うはみずざくら、こんごうざくら、かばざくら等
古事記によれば、この木の皮で香具山の雄鹿の骨を焼いて吉凶を占ったそうです。
平成二年の大嘗祭関連の諸儀で「斉田点定の儀」の亀占に用いるため、波々迦を宮内庁の御下命により奉納致しました。奈良県橿原市南浦町 天香山神社」

天香具山から香具山神社のほうへ下山




天香山坐櫛真智命 神社
あまのかぐやまにいますくしまちのみこと神社
鎮座地 奈良県橿原市南浦町608
ご祭神 櫛真智命神(くしまちのみことのかみ)

本来、櫛眞知命とするのが正しいと考えられているようで
元の名は大麻等乃知神で占いの神)卜事占兆をつかさどる神



櫛眞知命って聞きなれないお名前でした。
でも櫛とついた神様なら知ってます。
櫛は奇(クシ)なんでしょう、けど。

櫛玉命(くしたまのみこと)、大物主の別名です。

大神(おおみわ)神社の由緒に
「当神社の神体山三輪山に鎮まり坐す御祭神大物主大神は、世に大国主神(大国様)の御名で広く知られている国土開拓の神様であり、詳しくは倭大物主櫛魂命(やまとおおものぬしくしみかたまのみこと)と申し上げます」


大和の大王であったニギハヤヒノミコトは、
『日本書紀』では饒速日命、『古事記』では邇藝速日命と表記されます。
本名「天照国照彦天火明櫛甕玉饒速日命」の中の「櫛甕玉」より櫛玉命ともよばれます。


奈良古代図


天香具山の天香山神社のご祭神は天香山神でいいのではとも思われました。

天香語山で調べていくと、天香山=天香語山命(あめのかぐやまのみこと)
を祀る主な神社は、越の国の 彌彦神社と魚沼神社など。

なんで同じ名前の天香具山で祀られてないのでしょうね。

ほつまつたゑ解読ガイドのサイトでは→カゴヤマ

カゴヤマはタカクラシタの父であるが、神社の祭神に天香語山とあるのは、おおかたは高倉下を指していると思われる。
『書紀』に一書として、天火明命の子で、尾張連らの遠祖とある。
『旧事』天香久山、天香語山、天香山、などと書かれる。 
母は天道日女で、物部氏の祖・宇摩志麻治は異母弟にあたる。異母妹・穂屋姫を妻として、天村雲を生んだとある。

籠神社の古伝にも
「天香語山命」は亦名 手栗彦命 亦名 高志神。彦火明彦命が天上にて生む神也。母天道姫命 亦名 祖母命也。



中大兄皇子が大和三山のことを詠んだ歌があります。
「香具山は 畝火ををしと 耳梨と 相あらそひき 
神代より 斯くにあるらし 
古昔も 然にあれこそ うつせみも 妻をあらそふらしき」

香具山は 畝傍山をいとしいとして 耳成山と相争った。 
神代から こうであるに違いない。 
いにしえも そうだったからこそ 今の世の人も 妻を 取りあって争うらしい。





神代から神武天皇の時代になり、やはり香具山はキーポイントです。

神武天皇が大和の国を平定するにあたり、夢に天神が現れ告げられた。
「 天の香具山の社の中の土を取って、天の平瓮(ひらか)八十枚を造り、あわせて厳瓮(いつへ)を造り天神地祇(あまつやしろ くにつやしろ)を敬い祭れ。
また厳呪詛(いつのかしりー潔斎して行う呪言)をせよ。
かくのごとくすれば、敵は自から降伏するだろう 」

天香久山の埴土は、ほとんどが赤土らしいですが、
一部白土が国見台あたりで産出し、適宜混ぜて使うのでしょうか。


画像左端あたりにその石碑が立っているらしいけど見落としました。



時間に限りのある団体ツアーウォーク、見落とした部分はまたそのうちに。

調べていて、以下サイトも興味深かったです。
少彦名命の正体を探る、天香久山を巡る空想の旅 

飛鳥をぶらぶら

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飛鳥のゆるキャラは、「あすかひめ」「たいしくん」

大和三山ウォークツアーのお昼は飛鳥歴史公園でお弁当を広げました。
1:10-2:00まで50分もあったので、近くをぶらぶら。

国営飛鳥歴史公園館は、高松塚古墳の近くにあり、駐車場前に中尾山古墳




7世紀末から8世紀初頭築造の八角形墳。
葺石や大きな石材は庭石、建築用、道路石垣などの用材として売却破壊されたらしい。

最初の火葬を選んだのが持統天皇で、こちらも火葬骨を収められていた。
八角形墳ということからもほぼ文武天皇で一致しているようです。




このブログをはじめたのが2005年4月で、この10年の間に2回飛鳥を訪ねて記録残しています。
2006-02-11 ラジオウォーク

2007-05-03 飛鳥でサイクリング
2007-05-04 飛鳥は世界遺産になりえるか 

ぶらぶら逍遥してても、歴史に興味なければ、ただ行った、のどかだったというだけに終わってしまいます。
当時は世界遺産に登録できるの?という程度の関心しかなかったのでした。

今回、はじめて地図をしげしげと眺めた次第。
飛鳥歴史公園は、この地図の左下、飛鳥駅のすぐ近くです。


592年推古天皇が豊浦宮(とゆらのみや)で即位し、
694年持統天皇が藤原宮へ遷都するまでの約100年間、
明日香の地域に各天皇が宮殿を置きました。

・推古天皇-豊浦宮(とゆらのみや)・小墾田宮(おはりだのみや)
・舒明天皇-飛鳥岡本宮
・皇極天皇-飛鳥板蓋宮・飛鳥河辺行宮
・斉明天皇-後飛鳥岡本宮・両槻宮
・天武天皇-飛鳥浄御原宮(あすかきよみはらのみや)

天皇と宮についての詳しいサイトは→こちら

ををし畝傍山

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いよいよ大和三山、最後の山、畝傍山です。
さすがに三つの中で一番高いだけのことあり、目の前にど~んと迫ってきます。

畝傍山は海抜199.2mー山麓の海抜70m=129.2m
耳成山 海抜139.7mー山麓の海抜60m=79.7m
香久山 海抜152.4mー山麓の海抜75m=77.4m




午後2時10分ごろ、橿原神宮の鳥居前に到着。
鳥居後ろに山が見えています。
初詣客でごった返しているので、表参道は帰りに通ることになりました。

森林外苑に沿って外の道を通り北の鳥居から


少しいくと、登山道


若桜友苑越しに見えた畝傍山


山に入ってわりとすぐに神社がありました。


東大谷日女命(ひがしおおたにひめみこと)神社
神武天皇の后の姫蹈鞴五十鈴媛命(ひめたたらいすずひめのみこと)が祀られているようです。
団体ウォークなので寄り道参拝する余裕ありませんでした。


ここで山のスタンプ押しました。

山頂に着いたのは 2:50 歩数は 18,848歩
山頂から見た景色は



3つの山の中では山頂がもっとも広々してました。




畝火山口神社の社殿の跡地
山頂から山麓に遷座された昭和15年、太平洋戦争突入前夜の軍国主義真っ盛りの時代です。

神武天皇が橿原の宮で即位して2600年目にあたる記念事業として、
恐れ多くも初代神武天皇を祀る橿原神宮を上から見下ろすのは不敬であるとの理由で山の麓に移転させられたそうです。

畝火山口神社お参りしてません。
なぜか(おむねやまぐち)と読むらしいです。
祭神は、神功皇后、豊受比売命(とようけひめのみこと)、表筒男命(うわつつのおのみこと)




石玉垣で厳重に囲われています。
大阪の住吉大社の埴使(はにつかい)神事で、埴土(はにつち)を採取する聖地。
埴使神事とは、住吉大社で行われる祈年祭(3月)と新嘗祭(11月)に付随した主要な行事で祭の前に畝傍山の埴土を採ってくる神事をいう。
持ち帰った埴土は、土に混ぜてお供えを入れる神器を作るのに使われます。


無事下山して、北神門より橿原神宮へ


明治23年につくられたあたらしい神社です。
きれいに掃除も行き届き立派なんですけど、
神さまおられるのかなぁ~という疑念がわくと、ね。

ちゃっちゃとお参り終えて、南神門から出る


境内で、埴輪まんじゅうを買って、


帰りの集合時間4時までまだ時間があるので、ぶらぶら吸い寄せられた場所は

深田池です。




右側山裾の赤い鳥居が気になって…

続く


今宮戎で笹に吉祥付けてくれたのは

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残り福いっぱいもらえたかな

今年はマッサンのエリーが10日の宝恵駕籠にも載ってたとニュースで見ました。


去年も外人さんに残り福願って吉祥つけてもらってました^ ^

イタリア人福娘さんに吉祥つけてもらって残り福えべっさん最終日は残り福今宮戎、今年は福娘にイタリアじょせいがいると、FacebookのKさんの情報で知り、本殿お参りして左側へ。笹をもらい、ふと見ればすぐ左端に居ました...>続きを読む

宇宙人みたいなレオくん

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9ヶ月のレオ君はおでこが超立派で、日本の赤ちゃんとはちと違うね。

2011年9月、イタリアのクレモナで結婚式に参列した話書きましたが、
そのMちゃん夫婦に男の子が誕生し、このお正月帰国してます。
元旦は熱出してて遊べませんでしたので、今日会いに行ったらすっかり元気になって愛想よしでした。

Mちゃんの夫のマンマミーアがイタリア人。
クォーターといえども、強力遺伝子ですね~。



神さまからのメッセージ

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「夕立の雨 やまなくに 日はくれて 行きなやみたる 山の坂道」



桑津天神社でひいたおみくじです。
23番 小吉でした。

厳しいお言葉でしたので、撮影してしっかり結びつけてきました。
手元において、時々読み返し肝に銘じたほうがよかったかなと思われ、ここに記録残します。


我心我慾をはろうて胸は清い高峰の 月の光

胸の苦しみ、心のもだえ、よくよく考えてみれば、我身びいき身勝手から起っている。
我欲をすてて、他人の幸福を念じる心になり切れば、広らかな、すがしい気持にかわって来る。
そうだ何も神様におまかせして、神様と御一体になるまで、御祈りをつづけましょう。







今までであった鈴の中で もっとも綺麗な音色で境内に響きわたりました。

なのでこの神社で神様のメッセージをいただこうと思いました。

桑津天神社(くわづてんじんじゃ)
祭神は少彦名神ほか
大阪市東住吉区桑津にあり、かつて河内湖のほとり、港があったので津という


CとDの間あたりにあります


創建年代は不詳。
口碑によれば、当地を桑津と言うわけは髪長媛がここに桑樹を養い、糸をとって織物をなしたので、髪長媛を織媛と言う。
後に媛が病気になった時、少彦名神に祈って回復したので、その縁故があり、後世少彦名神を勧請して氏神として奉祀したのが由縁。

『日本書紀』(応神紀)に、日向国の髪長媛は国中の美人だと天皇が聞いて、媛を召されて摂津国桑津邑に置いた。
この媛を皇子の大鷦鷯尊が目にしてその美しい容貌に心を引かれ、天皇は大鷦鷯尊に与えたとある。

雉始雊(きじはじめてなく) と 地震

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今日は朝から雨で天気予報のとおりです。
昨夕、さば雲は地震雲と言われることもあるが、天気が崩れる前兆と言ってました。

しかし、夜9時過ぎに京都南の亀岡あたりで地震ありました。
一瞬の揺れだったのでアレって感じで、ニュース速報でやっぱり地震かと確認できた程度でした。




今日は、24節気72侯の暦では、雉始雊
雉が鳴き始める頃。
雄が雌への求愛のしるしとして「ケーンケーン」と甲高い声で鳴きます。足の裏で震動を敏感に察知することができ、数秒早く地震を知らせることができます。

へぇ~そうなん?とキジについて調べてみますと、
サントリー 日本の鳥百科キジでは、
朝キジが鳴けば雨、地震が近づけば大声で鳴く とも書かれてありました。

Wikiでは、
「雉」には矢のように飛ぶ鳥という意味があり…
飛ぶのは苦手だが、走るのは速い。スピードガン測定では時速32キロメートルを記録した。
人体で知覚できない地震の初期微動を知覚できるため、人間より数秒速く地震を察知することができる


それはスゴイことなんですけど、それにしてもキジにまつわる言葉はあまりいい意味ではないですよね。
「けんもほろろ」という言葉は、「ケーン」と鳴く鳴き声に由来している。

雉の草隠れ「頭隠して尻隠さず」ということわざは、草むらに隠れたつもりになったキジの様子に由来している。

「キジも鳴かずば射たれまい」 「長柄の人柱」にある短歌「ものいわじ 父は長柄の人柱 鳴かずば雉も 射たれざらまし」で余計な一言で災いを招く事を示すこと


なんで、このキジが国鳥に選ばれたのか不思議に思えます。
Wikiより
1947年(昭和22年)3月22日に日本の国鳥に指定された。
国鳥が狩猟対象となっているのは、日本だけである。
国鳥に選ばれた理由には、
「メスは母性愛が強く、ヒナを連れて歩く様子が家族の和を象徴している」「狩猟対象として最適であり、肉が美味」など




迫る物流危機の中で運のよかったカメオたち

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年末に枠加工が施されていないカメオルースを6点出品しました。



その中の一番表情がステキだなと思ったのが上のカメオです。
女性の完全な横顔ではなくて正面顔は貴重らしいです。
確かにシェルカメオの凹凸にうまく顔の起伏を合わせるのは難しいと思われます。







コレクション品でしたから、どれも変わったデザインです。
それぞれサインがありますが、専門ではないのでどれだけの値打ちがあるのかわからない。
そのため当店が提示したお値段がお手ごろだったのか、おかげさまですぐに完売しました。


6点のうち、4点は同じ方が落札いただけて一緒にお送りしました。

食器ではないですが、やはり壊れやすいものなのでかなり慎重に梱包しました。

1点づつジップロックのビニール袋に入れて、重ならないよう台紙に貼りつける。
それをエアークッションでくるみハンカチやスカーフなどが入る薄い箱に入れる。
その箱を内クッションのついたA4サイズ封筒に入れる。

これでよしとするつもりが、なんとなく年末の荷物の多さを考慮し、さらに封筒ごと箱に入れて出荷しました。

ところが、購入者から連絡があり、荷物の箱が破損した状態らしいので受けとれませんと。

翌朝、宅配便業者の担当営業所サービスに電話しました。
どうやら、荷物の仕分け作業のベルトコンベアーから箱がはみ出て機械に挟まった模様。
それをあわてて引っ張り出すも箱の何分の1かが破れたらしい。

その夜、購入荷受者と宅配便配送者立会いのもと開封。
もし破損があれば補償してもらう確約は取ってありました。

するとなんということでしょう。
外箱、内クッション封筒、中の箱全て破れてたというのに、カメオはぎりぎりセーフ。
4つすべてどこもキズひとつなく助かったのです。
これは奇跡的でした。

問題は宅配便業者のそのときの対応です。
荷物追跡、確認など当店からの問い合わせでした。
配送担当者から一度もお詫びの電話もありませんでした。
いわんや荷受人である購入者様はもっと不愉快な思いをされてました。


今日、12月分の携帯電話使用料金を確認したら、かけ放題の契約してるのに料金が別途発生してる。
なんと サービスセンター(0570-200-728)へかけた電話代でした。
わずか200円弱の金額ではありますが、あらためて腹立たしい思いが蘇ってきました。


数日前に、迫りくる物流の危機という番組を視聴しました。
ネットショッピングや通販による配送、コンビニの追加発注などなど物流が激増してるんだそうです。

そうした中で時間指定の受け渡しがうまくいかないと何度も足を運ばなければならない。
かつてのようにご近所さんに預かってもらう時代ではなくなりましたから。
ドライバーさんの過労働による疲弊はわからなくもない。
やがて退職にも繋がり運転手が慢性的に足りない。

今後もっとひどいことになるらしいですよ。

私も海外の炭酸水はネットショッピングで購入し宅配便で届きます。
荷物のサイズや重さから考えると配送料無料で申し訳ないなと思ってます。
しかし送料無料だから買ってるというのもあるし、…。
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