和歌山県日高にある道成寺は、安珍清姫伝説で有名です。
絵とき説法の予約入れてあったので、縁起堂でまずお話聞いて続いて宝物殿を拝観しました。
一番気になったのが宮子姫像でした。
道成寺は、大宝元年701年創建の和歌山県最古のお寺で、
本堂のご本尊は、日本で二番目に古い千手観音像です。
928年、福島県白河から来た修行僧の安珍が、熊野詣の往路に和歌山県田辺の清姫に惚れられます。
帰路必ず寄ると言ったのに約束をたがえ逃げます。
60km以上追いかけられ、道成寺の釣鐘に隠れるも、大蛇に化した清姫に焼き殺されるというお話。
この安珍清姫伝説に基づく古典芸能が道成寺物。
謡曲や日本舞踊で有名です。
記録に残っている道成寺物の作品数は200以上、
今も上演される演目は約30、日本中で年間100公演以上が演じられてるそうです。
先に書いたように、私には宮子姫が一番気になりましたので調べてみました。
道成寺は文武天皇の勅願寺で、その縁起は宮子姫=髪長姫の物語がもとにありました。
有吉佐和子さんが文を書かれ、秋野不矩さんが絵を書かれた絵本
「かみながひめ」
まず、あとがきより
道成寺は、文武天皇の勅願寺です。
資料によれば、日高の村長(むらおさ)に生まれた女が
母親の犠牲によって、丈なす黒髪に恵まれ
やがて、藤原不比等の養女となって入内し
文武天皇の妃となり、聖武天皇を出産したことになっています。
そのために道成寺は、女人開運を祈願するお寺として有名でした。
なんで、延長6年(928年)に安珍清姫の伝説に上書きされて、
この髪長姫縁起が隠されてしまったのでしょう。
清姫のおどろおどろしい恋よりも髪長姫のほうがずっと美しくて素敵です。
絵本の文そのまま写させてもらいます。
むかし、きのくにのひだかのさとに
うつくしい女の子が生まれました。
子どもはすくすくと育ちましたが
どういうわけか、かみのけがはえません。
そのころ海は荒れて、
いくにちもさかなのとれない日が続きました。
海の中にあるひかりもののせいで
海が荒れるのではないか。
その噂をきいた女の子の母親は
自分がそのひかりものをとりにいく決心をします。
「子どもの髪がはえないのは
わたしがこれまで、わがままをしてきた報い。
わたしが海に入ってあのひかりものを
取ってくれば、神様が許してくださるかもしれない」
そう思った母親は、ある夜、海にとびこみました。
自分の命を犠牲にしてまで
海の底から持ち帰ったひかりものは一体の観音様でした。
母親が葬られた場所に観音様をお祀りすると
その日から、女の子の頭に髪がはえはじめました。
やがて人々は、この女の子をかみながひめとよぶようになりました。
お母さんが命とひきかえて、観音様からいただいた髪だというので、
女の子は、髪が抜けても捨てるようなことはせず
桜の枝にかけておきました。
ある日、1羽のつばめが 枝にかかった髪の毛をくわえて
みやこの方へ飛んでいきました。
ある朝、ふじわらのふひとは、屋敷にあるツバメの巣から
ながいながい髪の毛をみつけました。
この髪の持ち主ならきっと美しい姫に違いないと思った
藤原氏は、姫をさがしあて、養女にしました。
やがて、姫は、天子さまのもとへ嫁ぎます。
妃になったかみながひめは、生まれ故郷のひだかの
さとに、お母さんと、観音様をお祀りするお寺の建立を
お願いしました。
そのお寺の名前は、道成寺といって
今でも和歌山県日高郡というところにあります。