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Channel: 秋麗(あきうらら)
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剣山の名前の由来ふたつあり

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山頂の宝蔵石の下に安徳天皇の御剣を納めたことから剣山と呼ぶようになったとの説:1
その御剣とは、三種の神器のひとつである天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)だと。
まさに名前のとおり宝の蔵の石、この大きな岩のどこら辺に埋まっているのでしょうか。

往路は尾根道コースを登り、帰りは大剣コースの道を下りました。
1200mと少し距離がある分、傾斜は緩やかになっても崩れた岩が散乱してて足を滑らしやすい。

十分足元確かめながら少し下った所に





「天地一切の悪縁を絶ち、現世最高の良縁を結ぶ」とされる縁結びの神社と書かれてありました。

劔神社の総本山 大劔(おおつるぎ)神社。
後ろの大きな奇岩が、御塔石、神の宿る岩です。
もともと剣山は石立山と呼ばれていたそうで、剣山と名前を変えたのは
劔神社の御神体でもある御塔石が侵食の影響で剣形をしているからという説:2

阿波藩の藩撰の地誌として記された『阿波志』(1815年藤原之憲著)に、
「劔の祠は祖谷の菅生から二里のところに剣山という山の上にある。そして頂に高さ三丈の岩(今の御塔石)があり土人これを以て神と為す。…その形の似たるを以て劔と曰う」とあるそうです。


最初の(説:1)は大劔神社の由緒にあります。
創立年代は不詳。
祖谷山開拓の折に大山祗命を鎮祀して祖谷山の総鎮守とした。
1185年、今から830年前の寿永4年、源氏との戦に敗れた平家の一門が安徳天皇を奉じて祖谷の地に。
平家再興の祈願のため安徳天皇の「深そぎの御毛」と「紐劔」を大山祗命の御社に奉納。
以来剣山(劔山)と呼ばれ、神社も劔神社と称されるようになった。




山頂で見かけた外人さんにまたであった。
この先に「日本名水百選」に選ばれた神々しい湧水がああります。
予習で知ってたので空のペットボトルを持っていきました。
しかしガイドさんが言うに最近水質よくないので飲まないほうがいいといわれました。

「御塔石」の真下にある小さな祠の横に穴がありひしゃくが置いてあります。
ご神体である巨大な岩の下から水が湧き出す剣山御神水です。
見ただけで味見もしませんでした。





剣山の西側を巻くように進む登山道は、その立派な岩がどんどん崩れて白いかけらが散乱してました。
指のサイズのかけらを拾いましたが、なんとなく持ち帰るのはためらわれ最後に置いて帰りました。


2009年ごろの画像では

もう少し高さがありとんがってるような感じがします。


安徳天皇 (歴代天皇事典より)
(1178~1185) 第81代天皇(在位1180~1185)
父は高倉天皇、母は平清盛の娘で中宮の平徳子、第1皇子。
国政の実権を握っていた外祖父の平清盛の意向により生後1ヶ月で立太子。
平清盛が治承三年(1179年)のクーデターで独裁体制を築くと翌年3歳で即位させられた。
これはもちろん平清盛の意向によるものだが、この清盛の強引な手法は全国に燻っていた源氏らの大反発を招き全国的な内乱に発展した。
1183年木曾の源義仲の軍勢に京を追われ、平家一門とともに西国を転々とした。
1185年後白河上皇の院宣を得た源義経に攻められて破れ、祖母の平時子に抱かれて壇ノ浦で入水。
このとき三種の神器のうち宝剣が海中に没したという。


しかし、この剣山では、安徳天皇は、「草薙の剣」を剣山の頂上にある高くそびえる大岩に納め、平家一同の盛隆を祈願されたことになってます。

屋島の戦いで敗れた後、平国盛(教経)の一行は、ひそかに幼い安徳天皇をお守りしながら、山深い祖谷の地で平氏再興の望みをつないでいたといわれる伝説が残されています。
祖谷平家伝説




熊笹に覆われていることでも有名な剣山ですが、山道は苔むしていて朽ちた木も時々見かけました。
休憩の山小屋も木が腐り崩れ落ちるので中に入らないよう立て札あったり。





立派なサルノコシカケ







剣山、なんか不思議なお山です。
とくにネット検索してると中世の平家以前の不思議がヒットします。
失われたアーク聖櫃であったり、いろいろ興味深いことかかれてます。

阿波世界農業遺産の登録向けての申請原案ページでは
剣山系の農業の歴史は、縄文後期頃の焼畑農耕の時代まで遡り、剣山系の傾斜地集落は「ソラ」と呼ばれる。… 
その傾斜地集落は、山上部より谷底・川筋へ向かって拓かれた。それ故に、「頂上部に住む人ほど高貴な人で、山の上から拓かれた。頂上部付近から谷沿いへ降りてきた。」との口伝が残される。



この画像は「剣山への空海の思い」というページから拝借しました。
関心のありの方は→こちら

なんで安徳天皇をいだいた平家一門は剣山を目指したんだろうとか、疑問が少しは納得できるかもしれません。


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