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Channel: 秋麗(あきうらら)
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二度見したギズモの寝姿

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頭がさかさまになってて、どこか具合悪いの?
ギズモはものすごい寝姿でバク睡してます。

今日は、大阪市が瓦礫焼却処理のお試しが実施されたらしい。
普通のTVニュースではあまり触れられてないけど、
今日明日の2日間で100トンが燃やされれる予定だとか。

大阪市の焼却場は此花区舞洲にあり、海からの風に乗れば、守口は…。

今朝娘から電話で洗濯物干したらアカンといわれたけど、もう干してしまってるし。
外出も控えるように言われたけど、そうもいかんし。

ギズモは昼間ベランダでてたし…。
ひょっとして、… 一瞬心配になった。






もぐちゃんも今日の顔 変!
わずか1日でそんなスンゴイ影響あるわけないよね。

お礼参りに六波羅蜜寺へ

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病気や体調不良で悩んでおられるかたにおススメの強力な御札「悪病除」
2011年春に授かったものをお返しして、新しいのを賜ってきました。

2年前の冬、ちょうど12月に歯医者さんでジスロマックという強い抗生剤が処方されました。
ところがこの薬が私にはきつすぎたようで、咳がとまらなくなりました。
長く効果があるとされるジスロマックが体外に全部でるまで
かなり苦しい咳が何日も続きました。

その後これが引き金となったのか、喘息の発作や強烈な「あげくだし」とかに次々と襲われてさんざんな冬でした。

やっと春になって、
GWに、西国33箇所の京都市中4か寺をレンタサイクルでめぐりました。
そのときに初めて、六波羅蜜寺を知りこのお札に出会ったのでした。
それ以来、悪病は取り除かれ いたって健康にすごさせてもらいました。

2011年4月30日
666★六道・六波羅蜜・六角堂 の記事は→こちら

12年に一度辰年に、十一面観音が開扉されることもその時知りました。
今年の12月5日が最終日で33日間の開扉期間が終了します。

ペンタックスQ

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今までコンパクトデジカメは5台以上使いましたが、ほとんどAUTOで使用。
ほんの一部の機能しか使ったことありませんでした。

それがペンタックスQは、ナノ一眼。
どこをどう触ればいいのか…。

六波羅蜜寺へ出かけるにあたり、レンズは単焦点レンズでAUTOにしました。
なんかやっぱり画像はすべて紫色がかっているような気がする…
光の調節ダイヤルの使い方がわかったのは、帰る間際になってからだった。



NHK大河ドラマ「平清盛」今晩12月2日放映予定は「宿命の敗北」
いよいよ源頼朝が挙兵します。

六波羅蜜寺あたりは、平家一族郎党の住まいとして開拓され年を追うごとに拡大していきました。
最盛期には広大な境域に5200余の邸館が並んだという。

1183年平家滅亡の時、兵火を受け講堂は類焼するも、本堂のみ焼失を免れました。
そのため平安時代からの仏像など貴重な文化財にお目にかかれます。




六波羅蜜寺に向かう角に 石塔「六道之辻」
その昔、「六道の辻」は鳥辺野の無常所の入口にあたり、
現世と冥途との境の地であり、亡骸はこの辻の向こう側に捨てられた。
金のない民衆は埋められもせず、弔われることもなく放置され、穏亡(オンボウ)たちによって運び捨て去られた。
その死せる肉体は風雨に曝され、髑髏(ドクロ)となって六波羅の野辺に転がっていた。

その骨を拾い、さまよえる魂を供養したのが六波羅蜜寺創建の空也上人。

六波羅蜜寺は平家全盛をさかのぼること200年前、
天暦5年(951年)醍醐天皇の第二皇子・空也上人(903〜972)によって開創されました。










10時半ごろお寺に到着すると、お加持を受けて本堂内裏まで入れることがわかった。
11時11分頃に午前の最終お加持が始まるまで、本堂裏手にある宝物館見学。
拝観料600円かかりますがお値打ちありました。



820年ころ、794年平安遷都から20数年後、
弘法大師 (774−835)が六波羅に地蔵堂を建立し自作の地蔵菩薩を安置した。
地蔵さまは六道にいる人間の苦を救う仏で、
この世からあの世へ、またあの世からこの世へ、さ迷える魂の送迎をする。
それは重要な役割をになう神で、地獄に落ちた亡者を救えるのは唯一、地蔵菩薩だけ。

宝物殿には地蔵菩薩の立像・坐像が安置されてました。


空也上人(くうやしょうにん)

出生:不明(醍醐天皇の第二皇子といわれる)
生年903年 没年972年

若くして五畿七道を巡り修行、尾張国分寺で出家し、空也と称した。
その後も諸国を遍歴し名山を訪れ、練行を重ねるとともに一切経をひもとき教義の奥義を極めた。
948年比叡山坐主・延勝より大乗戒を授かり光勝(こうしょう)の法号を受けた。
森羅万象に生命を感じ、歓喜踊躍しつつ念仏を唱えた。

この時代の一般の僧は権力と結びついて栄耀栄華を望む者が多かったが、
上人はそれらには見向きもせず市中にあって伝道を励んだ。
道路や橋を補修したり、貧しい者や病に苦しむ者への施しを行ったといわれ、
「阿弥陀聖」「市聖(いちのひじり)」と称されるようになる

重要文化財・空也上人像 


運慶の四男・康勝の作による
胸に金鼓、右手に撞木、左手に鹿の角を頭に飾った杖をつきぞうりを履いている。
6体の阿弥陀を口から吐く
「南・無・阿・弥・陀・仏」の六文字を象徴しているという。


<空也の鰐口と太鼓>
「空也上人絵詞伝」による故事が残る
松尾明神が人に化現して現れ、空也に、お布施として鰐口と太鼓を与え、
「末世の衆生利益のために、この太鼓を叩いて念仏を勧めなさい。
念仏を唱えていれば影で守護をする」と神託して消えたという。

空也 平将門 で検索してもいろいろヒットして興味深い。

奈良少年刑務所

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明治41年のレンガ造りの建造物でロマネスク様式の正門が立派でした。

来年2月に奈良少年刑務所見学の予約を入れてあります。
企画担当部員なので、5人で下見行ってきました。

東大寺の鹿

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奈良の鹿は人懐っこいので有名です。
でも鹿せんべいを持ってなかったら寄ってきません。
賢いわぁ〜





今日の東大寺の観光客は、修学旅行生と中国人が多かった。








奈良少年刑務所の見学は午後2時からなので、
午前中どこを見学するか、どこで昼食をとるかの下見に行きました。

20年ぶりぐらいで東大寺の大仏さんに逢ってきました。
やっぱり迫力ありました。


大仏さんの背後に、江戸期に再建されたときの模型(実物50分の1)


なんと奈良少年刑務所の受刑者が作成したものでした。
所内の木材工芸科職業訓練の集大成です。

珍しい具材を鍋に入れてみた…

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大根おろしを入れて蒸した一人鍋です。
白菜と大根の水分だけで、蓋をすれば豚肩ロースもちゃんと火が通り色が変わります。

お試しで、あまり鍋材料として流布してないものを入れてみた。
一番下の白いのはサトイモの薄いスライス、厚み7mm程度にしたので柔らかくなってた。
ミニトマトは、くるみのママさんのブログで味噌汁にトマトがマイブームだと書かれてあったから。
右上の黒い塊は、干ししいたけ。
小さめの生しいたけを天日で干して干ししいたけを作り、冷蔵庫で保管してありました。
それを水で戻すことなくそのまま投入。

どれもいけてました。
美味しかったのでまた同じ内容で作った、2回目の画像です。


アスペクト比という単語ご存知でしょうか。

スマホが普及して、楽天オークションの画像もアスペクト比が変化しました。
PCでご覧になってるとそうそう気づかれないかもしれません。
しかしスマホ画面でみると、1:1にしないととても小さくなって見づらい。

最初の一人鍋画像はアスペクト比を1:1で撮影しました。

アスペクト比とは、画面や画像のタテヨコ比のこと

通常のコンピュータのモニタは、テレビの地上波放送やBS放送などと同じくアスペクト比4:3。
ただしBSデジタルを含むハイビジョン放送は、アスペクト比が16:9で横に長い画面です。

35mm判フィルムカメラの画面サイズ(36×24mm)のアスペクト比は3:2
レンズ交換式のデジタル一眼レフも35mm判カメラと同じ3:2
多くのデジタルコンパクトカメラのアスペクト比はだいたい4:3

今回プレゼントしてもらったペンタックスQは
外ダイヤルで簡単にアスペクト比を切り替えることができるので便利です。


もぐちゃんには牙があります。
この犬歯?のせいでか、食べるのがヘタで缶詰などまわりにいっぱい撒き散らします。


やっぱり、外で撮影したものはやはり色調がずれてるような気がする。

色が変な理由わかりました♪

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ペンタックス大阪サービスへ行って来ました。
帰りに、堺筋の長堀の角を撮影しました。
ちゃんとした色に戻ってうれしい。

往路に撮影した画像は↓




サービスに入る前に画像の色目を見てもらうために撮影しておきました。
色が変でしょう。

理由は、
室内の蛍光灯の下で商品撮影をするときの設定で、蛍光灯昼光色・昼白色のどちらか
これがAUTOに切り替えても常に優先していたのでした。
そのため外で撮影すると紫や黄橙色がでてしまってたのでしょう。

クリックダイヤル全部で0〜4まであります。
1に合わせると、アスペクト比1:1など撮影モード設定をしてもらってました。

他のダイヤルに変えても、ホワイトバランスがAUTOにならず蛍光灯が優先されてた。
他ので確認されてもそうなるようで、なぜかわからないと言われました。
プログラム上そうなってるのかな?

コンパクトであっても多機能で、ど素人がちゃんとわからずダイヤルを弄繰り回わす。
私同様、撮影モードの切り替えがうまくいかず、色が悪いとがっかりされてる購入者は他にもいることでしょう。

まぁまぁ近くにサービスセンターあってよかったわ。
地下鉄を天六で乗り換え1回で行けたから。





受付にいたお姉さんが対応して説明してくれてびっくりでした。
奥から説明担当のお兄さんが出てくるのかと思ってた。
調整途中でサービスのお姉さんが撮影されたもの↓


カレンダーもらった(v^-^v)♪

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立派な大相撲のカレンダーいただきました。
日本相撲協会の発行です。
横綱白鵬は表紙と最後11.12月の2回登場します。
1・2月/横綱日馬富士、3・4月/大関鶴竜、5・6月/大関琴奨菊と大関琴欧州
7・8月/大関把瑠都、9・10月/大関稀勢の里

こうして書き出してみると、ほとんど外国人の関取になってしまいましたね。






これは生命保険会社からいただきました。
すべてのメモ用紙の下がカレンダーになってます。



一気さんが猫の牙についてお尋ねでしたので
ギズモの牙をお見せします。



ちなみにもぐちゃんの牙は←クリックで拡大


嫌がって怒ってます。


OLYMPUS35

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私が高校に上がった年に父が OLYMPUS 35 を譲ってくれました。
レンズ Zuiko F.C. 1:3.5 f=4cm
シャッター COPAL B〜1/200





カメラ少女でもなかったので、そのうち発売されるオリンパスペンとかへ移行。
このカメラは実家の戸棚で長い時間眠りについていたのでした。
この夏実家が壊されるときに再会。
懐かしかったので持って帰りました。

オリンパス35は戦後間もない1948年に発売されました。
この時代には、よく写る評判の高いカメラのひとつだったらしい。

父が給料2か月分ほど費やして購入したと言ってましたから
おそらく1950年ごろの話ではないかと思います。


現在のペンタックスQと並べてスマホで撮影

南都焼き討ち

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奈良坂にある般若寺はコスモスで有名なお寺です。
先週12/4すでに初冬に入り、コスモスは楼門前にわずかに残ってました。
楼門ごしに十三重石塔がかすかに写っているのがわかります?
時間もなかったしで中には入りませんでした。



奈良市の北端、京都府との県境にほど近い旧奈良街道は歴史ある道です。
般若寺は、平安時代末期、
平家が奈良の寺社勢力に対抗した時に焼き討ちにあいその後荒廃します。

この般若寺から少し坂を登ると奈良豆彦(ならづひこ)神社があります。


ここの大楠が立派だと去年一気さんに教えてもらってましたが
やっと見てこれました。
祭神の志貴皇子にもご挨拶してきました。





この社殿左脇を裏に廻ると、


樹齢1300年、根回り12.8m、幹周囲7.5m、樹高30m
久々に立派なくすのきの大木見ました。
残念ながらその感激の全容はアングルにおさまりきらなかった。





平清盛坐像 鎌倉時代の作で重要文化財
六波羅蜜寺で見てきました。


今晩のNHK大河ドラマ平清盛は「幻の都」
もともと清盛が福原への遷都を行なったのは、
比叡山、園城寺、興福寺、東大寺といった寺社勢力と距離を置くためでもあったらしい。
清盛の思いとは裏腹に半年後に平安京へ還都せざるをえなくなる。

都にもどると、まず以仁王に加担した三井寺を焼き討ち。
続いて、清盛の五男の重衡が奈良興福寺に派遣されたのは
治承4年12月28日(1181年1月15日)

京都から宇治を通って木津川沿いに南へ下り奈良へ入る。
興福寺方は奈良坂・般若寺二か所に陣をしき抵抗。

早朝からはじまった合戦は一日中続き、夜に入り火が放たれた。
運悪くこの日は風が強く、風にあおられて火はまたたくまに広がっていく。
東大寺や興福寺などの伽藍にも炎は燃え広がり、金銅十六丈の廬舎那仏も焼け落ちたのでした。

これが南都焼討(なんとやきうち)
伝統のある仏教の聖地を、平家が燃やしてしまった…。

清盛は今晩のドラマで
「神は平家を見放した」とうなだれていました。

貴族や寺社など、既得権益にしがみつく旧勢力を否定し、
本当に国を護る者、そして国を富ます者に報いる政治を目指した清盛。

公家の時代に幕を引き、鎌倉、室町、江戸へと
700年にも及ぶ武士の時代に先鞭を付けた時代の変革者のつらい晩年の姿でした。

偶々

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なんと読むと思われます?
今朝 親戚のおっちゃんから頂戴したメールの冒頭に書かれてました。
おっちゃんは亡き父の従兄弟ですので80歳です。
副詞とかにほとんど漢字を使われる世代です。

偶然とか土偶の 「偶」
ぐうぐう、というのもありえへん。

ぐうにもいっぱいありますね〜 遇、隅、寓

昔なら漢和辞典とかで調べるの大変でしたが、今はコピペして検索したら
「たまたま」と読むことがわかりました。

偶【グウ】
デジタル大辞泉の解説のよれば
[常用漢字] [音]グウ(慣) [訓]たまたま
1 人の形に似せたもの。人形。「偶像/土偶・木偶」
2 二つで対をなすもの。ペア。カップル。「対偶・配偶・匹偶(ひつぐう)」
3 二で割り切れる数。「偶数」
4 思いがけず。たまたま。「偶然・偶発」

なるほど〜
今日の新聞で偶々目にした記事より

?全日本おばちゃん党は、フェイスブックを中心に広がり
今秋9月結党後、わずか2ヵ月半で党員は千人を越えたそうだ。
おっさんくさい政治はもうあきたとおばちゃん目線で政治にものもうす政党です。

?今年の忘年会の平均予算額は1回 5403円!
キリン食生活文化研究所調べ(全国5000人の有効回答)
平成19年からの調査で、今年が最高額らしい。
19年5,282円 20/4,911 21/4,783 22/4,828 23年/4,782円
消費の低迷でずっと下降気味だったのが、なぜか今年は急上昇。



最後におっちゃんのメール、無断で転載させてもらいます。
戦後10年間ぐらいの世相が伺えて興味深いです。


「年の瀬も押し詰まり今年も残り僅かになって参りました。

偶々貴ブログでオリンパスカメラを拝見懐かしさの余りメールをします、
昔何処かへ行く時にお父さんからよくお借りしたそのものです。
ずんぐりして重い割には余り写りは良くなかったですが当時としては貴重なカメラでした。

お父さんは好奇心が旺盛で(私も多分に感化を受けています)
買ったり貰ったりしてよく持ち帰ってはおばさんなんかから文句を言われていました。
真空管のナショナルラジオはウチで引き取りましたし、
犬のチビの親のメス犬はお父さんが何処かから貰って来て持て余していたので引き取って親子とも死ぬまで飼いました。」

おっちゃんから昔の話を、こうしてメールでお聞きできる時代になったのも感慨深いです。

ミクシ

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今晩のNHK番組「地球イチバン」はフィンランドの教育を取り上げていた。
「アヤトゥス・カルッタ」思考の地図を小学校低学年から身につける。
そして「ミクシ」なぜという問いかけが頻繁に行なわれるそうだ。

ソ連が崩壊した1991年よりフィンランドの経済はガタガタになり失業率急増。
そこで経済再建は教育再建からと根本的に構造改革された。
かつての詰め込み教育から、自分で考える教育へ。
フィンランドの教育、学力は今や世界でトップクラスらしい。


そんなフィンランド政府観光局公式ページはどんなだろうと見てみると
サンタクロースに会おう

発想の一端が垣間見えるかも。



今日のゆうりは、
キラキラ光の色が変わるツリーを不思議そうに見てました。





2週間ぶりに会ったら、なんと何も触れずに自分で立って、
伝い歩きではなく自分の足だけで歩けるようになってました(^O^)

ポップに弱い☆彡

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ぐんま名月、リンゴとは思えない命名でしょ。
四つ498円なら失敗しても許せるかと購入。
思いのほか、美味しかった(^^)

今どきの正月用鉢植

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ホームセンターで見かけました。
最近の正月用鉢植えってずいぶん雰囲気変わってたのですね〜

今年のお正月は立派な門松がちいさな玄関ポーチを飾りました。
ご近所さんにどこかの組に押し売りされたんかとご心配いただいたぐらい。

門松作ってくれたHさんはこの夏急逝されたのでした。
次の迎春用鉢植えを作る講習会に申しこんでます。
会費は1500円、どんなのができるでしょうか。
出来上がり次第またレポートしますね。

もういくつ寝るとお正月♪
選挙も終わり、今年も残すところあと2週間。
皆様、くれぐれもご自愛の上、よいお年をお迎え下さい。

2012年の冬至は12月21日、明後日です

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ドキュメンタリー映画 『マヤ ― 天の心、地の心 ―』予告編


いよいよ押し詰まってきました。
21日が冬至で、どうやら地球滅亡はなさそうだし。

阪神大震災の翌年1996年、グラハム・ハンコック著「神々の指紋」がベストセラーになりました。
今でこそトンデモ本でしょうが、当時は衝撃的な内容で2012年来るのがある意味楽しみだった。

マヤ暦5125年の周期が終わるのが2012年12月21日
翌日から新たな次の周期が始まる、と今ではそうなってます。


今晩9時のニュースによれば、韓国で初の女性大統領が登場しそうです。

一方、この日本では、平成25年に受け取る政党交付金が報道されてました。
自民党 145億9000万円
民主党 85億5800万円
日本維新の会 27億2500万円
公明党 25億6600万円
みんなの党 17億9400万円
日本未来の党 8億6500万円
社民党 5億4200万円
新党改革 1億2500万円

国民新党と新党改革は国会議員が5人未満なので得票率で計算
新党大地と新党日本は政党要件を失い交付金を受け取れなくなる

政党助成金の合計は、年間320億円
国民一人当たり250円の税金を原資にした政党への助成金は、
所属議員が5人以上いるか、
直近の国政選挙の得票率が2%以上で国会議員が1人以上いる政党に配分されます。

このたびの衆議院選挙では、次々と政党が合併離散しワケわからん状況でした。
しかし、来年1月1日現在で届け出た政党に限り政党助成金が受け取れます。

ものすごい金額です。
320億円ってどれぐらいのものかを調べてみると
札幌市では、320億円というのはおおよそ2年分の除雪費用  
長浜市の一般会計320億円
カンボジア:全体の13%にあたる約4億ドル(約320億円)を防衛・治安に充てる
2次補正予算案.予算額=320億円(セーフティネット事業費補助金)

11月17日に「維新」に合流した「太陽」は、
結党の際、政党の名称を「たちあがれ日本」から「太陽」に変更し
政党助成金受け取りの「権利」を引き継いでいた。
12月3日総務省に政党でなくなったと届け出、
政党助成金の今年の支払残額2896万3609円(12月分除く)を
「特定交付金」として「太陽の党」が受け取ることを申し出た。

金の切れ目が縁の切れ目
金は天下の回りもの
金は不浄に集まる
成るも成らぬも金しだい
地獄の沙汰も金次第
悪銭身につかず
一銭を笑うものは一銭に泣く
安物買いの銭失い

時は金なり…

お正月の鉢植え飾り講習会

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花図かんで、先着15名 1500円で講習会参加してきました。



わずか30分ほどで完成したけど、

う〜ん、イマイチ


家に万両の鉢植えあるので、
適当に寄せ植えしてみようと思えたのは収穫だった。

葛城再訪★一陽来復★かもきみの湯

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ちょうど半年前6月24日に葛城へ行きました。
あのとき、葛城の道歴史文化館の人に、葛城のおすすめスポットを聞いたら
「かもきのの湯」と言われました。

そして葛城一言主神社の境内で見かけた看板


一陽来復のお札を新年迎えるまでに賜わろうと思ってました。


平成25年の恵方は南南東です。
冬至、大晦日・お正月、節分・立春
この日付が変わる夜中の12時に、恵方に向けて家の壁に貼ります。


治療中のイチョウの古木、樹齢1300年と看板に書かれてました。
来春は蘇ってくれますように。


蜘蛛塚





午後になると氷雨が降り始め、やっぱり大阪より寒い。
かもきみの湯で温まることにしました。



源泉は炭酸水素塩塩化物温泉の美人の湯
入湯料500円で、いろんなお風呂楽しめて安い。


併設のレストランもメニュー豊富、
豚生姜焼定食780円美味しかったです。

かもきみの湯は国道24号線沿い、船宿寺が国道反対側にあります。

御所市大字五百家333番地
五百家と書いて いうか と読みます。
この葛城を走っていると、地名看板の読み方へんで目に付きます。

運転してたので看板を撮影できなかったけど

忍海 おしみ
新村 しむら
櫛羅 くじら
蛇穴 さらぎ
西佐味 にしさび

おばちゃんのクリスマス

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寒空のなか自転車で疾走してる時に見かけました。

ベランダよじ登るサンタさん、ナイス(^^)

23日は葛城で温泉でしたが、
土曜日夜は少林寺拳法の忘年会でした。




何か一点クリスマス仮装しての参加です。

今日はアズキさんちのアトリエで
おばちゃん五人集まりケーキ食べました(^_−)−☆



午前中は寄植えしてました。

クリスマスプレゼントもらつた☆彡

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旅の連れからメール便で届きました。
ギズモの左にあるムック本です。

忘れかけていた自然と共に生きる知恵。
どこか懐かしい
ふるくも新しい世界。



日本の旧暦、冬至が過ぎて
陽がだんだん長くなっていきます。
最初の72候が、乃東生
なつかれくさしょうず

ことしろぬしに呼ばれた〜?

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23(日)午前11時待ち合わせの5分前、近鉄御所駅前に到着。
車寄せに停車してると、R24沿い南へ数百メートル先にこんもりした鎮守の森が見えました。
そこが鴨都波神社だとすぐにわかりました。

しかし一言主神社さんで一陽来復のお札を賜り、かもきみの湯に行くという企画の日帰りお出かけです。
時間があれば、お参り行きこの目で確かめたいと地図で確認してあったのでした。

11時御所駅ピックアップの人がなんと電車乗り遅れて11:35着になるという。
40分もあれば、駅で待つより鴨都波神社行きましょうと
守口より車で一緒の同行者二人を誘いやすくなった。


あっというまにR24に面した鳥居前に着きました。
駐車場はこの鳥居手前にある信号の細い路地を入ります。
神社敷地の北側を道なりに進むと、東側に駐車場があります。





折りしも年末おしつまった頃の日曜日で、氏子さんたちがお正月を迎える準備で大わらわだった。

参道より右側に拝殿と本殿がありました。
まず、祭神である八重事代主命にご挨拶させてもらいました。



大きないち樫、樹齢350年という立て札の奥に、遥拝所の石碑



何を遥拝するんだろう…
中央に元祭壇でもあったような石組みが残っていた。


下にいっぱいどんぐり落ちてたので3個だけもらって帰ることにしました。

そしてもう一度拝殿後ろの本殿へ戻ると
ほんとなら

ところが大掃除中であったからか扉が開いていたのです。


ことしろぬしさんが「ようお越し」と招き入れてくださってる
と勘違いした私達一行3名は、す〜っと何の違和感もなく
本来ならば禁足地の聖域に入りこんでしまった。









「鴨都波神社」読みは「かもつば神社」
『延喜式神名帳』による正式な神社名
鴨都味波八重事代主神社(かもつみはやえことしろぬし神社)
祭神  八重事代主命



Wikiページによれば
大国主の子とされているが、元々は出雲ではなく大和の神とされ、国譲り神話の中で出雲の神とされるようになったとされる。元々は葛城の田の神で、一言主の神格の一部を引き継ぎ、託宣の神の格も持つようになった。このため、葛城王朝において事代主は重要な地位を占めており、現在でも宮中の御巫八神の一つになっている。葛城には、事代主を祀る鴨都波神社(奈良県御所市)があり、賀茂神社(上賀茂神社・下鴨神社)のような全国の鴨(賀茂・加茂など)と名の付く神社の名前の由来となっている。

…続く
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