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不思議だなと思う心間違い探しが苦にならないこれがものの鑑定に役立ちます

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    今年1月17日に淡路島のイザナギ神宮で見た石板です。
    記事にしそこなって保存してた画像です。

    昨日、TMさんのブログ訪問したら



    >2013年1月の「新聞記事」に九州の地震予測が掲載されていた・・・中略・・・
    シロウト目で見ると、震源地が「中央構造線」に沿ってどんどん東上しているような気がする。
    新聞によると、四百年前に中央構造線断層帯で地震が起きたらしい。規模は今回と同じくらいで、京都でも地震が発生した

    確かに、慶長地震だったか伏見地震だったか、痕跡残ってます。


    そこでさらに思い出したのが、次の画像

    花岡山と阿蘇神社と京都御所を結ぶ熊本レイライン
    吉田一氣さんのブログより過去に保存させてもらってました。
    どの記事であったか不明です。



    二つの地図を合体させてみると


    九州の二つの原発(玄海、川内)と四国の伊方原発を結んだ三角形の真ん中が阿蘇です。

    まだまだ川内原発止めないって勇気ありますね。



    古代から、夏至や冬至のレイラインやら中央構造線やら知ってたというのがスゴイ。
    空を見ては天体観測、土地はフィールド調査、それら収集した情報を蓄積して、祭祀してたんですね。




    熊本のシンボルである熊本城や阿蘇神社がたいそうな被害が出たことはショックでした。
    ニュース映像で被害状況や、避難されてる方々の様子を見てると、今の危機、そしてこの先の不安に胸が詰まります。

    そしてその線上に住まっているものは、今回の熊本は他人事ではありません。


    今一度、気象庁の地震情報眺めてみると

    平成28年04月17日12時16分 気象庁発表
    17日12時09分頃地震がありました。
    震源地は伊予灘(北緯33.6度、東経132.1度)で、
    震源の深さは約70km、地震の規模(マグニチュード)は3.8



    伊方原発のすぐそばですね。

    平成28年04月18日18時18分 気象庁発表
    18日18時14分頃地震がありました。
    震源地は奈良県(北緯34.4度、東経135.9度)で、
    震源の深さは約10km、地震の規模(マグニチュード)は3.1

    この地震は18日18時18分という情報発表日時が目に留まりました。

    北緯34.4度、東経135.9度 


    吉野郡吉野町津風呂湖付近でした。
    なんか不思議な形の湖です。


    結構この地はよく揺れているようです。
    「北緯34.4度、東経135.9度」で検索したら過去の地震記録がいっぱいヒットしました。

    津風呂湖は津風呂川を堰きとめて1962年に出来た灌漑用人造ダム(重力式コンクリートダム)。
    複雑な形で周囲32㎞、ボート遊びやヘラブナ・ブラックバスのフィッシングもできる。

    津風呂川は、古代の津振川(つぶりがわ)
    壬申の乱で挙兵した大海人皇子たちが通った道も湖底に沈んでいます。

    吉野は信仰の山でもあり、2004年には「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部として世界文化遺産に登録されました。


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    4/16(土)午後2:15登山開始して下山まで約2時間。
    二人以上で午後3時までに登山参拝事務所で手続きし、4:30までに戻らないといけません。
    地車隊22名のうち、足腰自信あるか、好奇心旺盛なもの
    わずかに7名が登山参拝してきました。


    ずらずらっと画像貼り付けます。







    靴底点検でダメと言われた人はわらじを購入します。






    距離は700mぐらいと聞いたような、しかし最初から急坂が続きます。







    最初スニーカーでビニール袋手に持ってた左官屋さん、高いとこは慣れたもの。


    しかし途中で地下足袋に履き替えて、荷物は誰も取らへんやろうと置いていく。



    やっと建物見えて着いたかと思ったら文殊堂だった。



    文殊堂わきの鎖坂は一人づつ登ります。








    尾根道も狭くて気が抜けません。

    観音堂を過ぎて、やっと到着(^o^)/







    こんな高いとこにどないして造ったんやろう
    そりゃあ 投げ入れたから投入堂や (≧∇≦)



    本堂の右上に見える建物はおそらく文殊堂?




    ご利益あると思います。








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    昨日用事があって初訪問。
    開校したての校内を案内してもらえました。




    まずは屋上から。
    屋上菜園の準備中です。
    遠くにアベノハルカス見えてます。
    下の階では防音壁なくてもっと見えました。
    屋上にはプールあるから防音対策いるんですね。





    中庭を囲んだ五階建て、階段4つあって色分けされてる。









    もう一つは緑色だそうだ。

    一番上のレンガ色系赤のシンボルが鳥というはどうかな~
    私なら鳥が青、としたら鮎はどの色がいいんだろう。
    シンボルの選定、協議して決めてたとしたらゴメン。





    グランドができるまで年内は体育室が使われる。
    もう一箇所大体育室もありました。



    多目的室


    図書室


    パソコン室はタブレット型ノートで、
    さらにiPad があって、鍵かかった保管庫に収納されてる。


    理科室は、前期1-6年と後期7-9年用の二つある。



    図工室の机は画板のように角度が変えれる。


    音楽室


    今の教室ってすごいね





    ゴミ箱も分別収集仕様






    廊下の柱は杉板貼りで、上の石膏レリーフはさつき、らしい。
    大きな石版をわざわざこのサイズに切断して作成されたと伺いました。
    卒業記念の集団製作とかなら、切ったら意味ないし、
    もしこのために石版レリーフ作ったのだとしたら切断する意味わからん。


    それにしても、
    こんな立派な新校舎見せてもらうと、
    地元の三郷と橋波、二つの小学校がなかなか統合進まず、古い校舎に耐震工事してるのがアホらしくなります。
    ちゃっちゃと話し進めなアカンと思う。




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    今日は雨が上がりました。
    店の前でアオスジアゲハがひらひら。
    写真撮っていいよとすぐ目の前にとまってくれた。
    去年青虫くんからサナギまで飼育観察してました。
    →2015-06-03 完全変態の昆虫は さなぎになって

    最終段階の羽化は娘がちゃんと見届けました。



    一年はあっという間ですね。
    季節はめぐり、今年も24節気の穀雨
    72侯の葭始生(あしはじめてしょうず)


    今年もギズモのライオンカットへ、
    備忘録として今年も記録残します。



    4/20午前中にさつき学園訪問後昼前に連れて行きました。
    夕方の麻酔がまだ完全に覚めやらぬ状態のギズモです。
    涙流してたようで目の周り濡れてたのを拭きました。

    相変わらずもぐちゃんは4/20午後から今朝まで飲まず食わず。
    いつまでたってもこの状態のギズモが怖いようで怯えて隠れてて、抱っこして連れて来てもすぐ逃げるのです。


    去年の記録です↓ (今年はブログの開設から 4,016日)
    ブログ開設から3649日、あれから10年今一番気を揉んでいることはギズモの散髪いつ行くかということです。この画像はブログ開設した2005年4月24日より数日後に投稿した記事「ネコがライオンになった?」で使った画像です...>続きを読む



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    生命力旺盛ですね。
    ポピー 空き地 で検索して分かりました。
    ナガミヒナゲシという名前の雑草ですって。

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  • 04/24/16--05:31: 宇太水分神社の蟇股


  • 2月に恵方の神々にご挨拶いくツアー参加して気に入ったので、また行ってきました。

    今日は「山に神々が宿る天川、天河弁財天社では正式参拝」というタイトル。

    スマホで撮影した画像は108枚ありました。
    一番最初に選んだものは
    やっぱり不思議な光が写り込んだものにしました。








    特別拝観で瑞垣内に入れてもらいました。




    この夫婦杉が立派だパワーあるそうです。







    白鷺に乗った神様がこの地に降りられ宝珠の雨が降ったという古文書に基づくらしい。

    天水分神を祀る第一殿の蟇股は青龍、
    第二殿は速秋津彦命、第三殿は国水分神。
    何でか宝珠の蟇股見当たらない。





    急いでお茶のペットボトル空っぽにしてお水も賜った。




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  • 04/25/16--02:08: 森野薬園の新緑


  • 森野吉野葛本舗の始まりは450年前。
    1616年吉野郡下市から現在の地大宇陀に移転。
    徳川吉宗の時代に国内産漢方薬の普及という国策に後押しされました。
    江戸の小石川より古いそうです。

    吉野葛や薬草はじめ、カタクリの花の群生も有名ですが今春は終わってました。

    まずは目に青葉、新緑美しい木々のご紹介。








    何と立派なモミジ、大きな枝ぶり支える幹もスゴイ。





    後ろの山が旧薬園で約250種は植わってるようです。

    ほのかにピンク色の木がハナノキ、一番最初にあげた画像です。



    すでに終わりかけで色は薄くなっててもっと赤いらしい。
    少し前ならカタクリとこのハナノキ満開見れたようで残念。

    雌木の古木として希少で天然記念物に指定されてます。




    1729年幕府から拝領のサンシュユ



    こちらも同じく、吉宗から下付けされた薬草





    天台ウヤクは入口前に立つ昭和天皇ご視察記念碑後ろにも植わってました。


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    マンホールの蓋に描かれたカザグルマは宇陀の花。



    カザグルマ自生地北限ということで天然記念物に指定されたのは昭和23年。
    でも今はもっと北で自生確認されてるようです。

    同じ年にスズランも自生地南限として指定されてます。
    両方あるってある意味スゴイとこですね。



    森野旧薬園は元々が吉野葛の製造が始まりです。
    採集した葛を晒すプールを高い所から



    遠景に山々が見え気持ちよかったのに撮影失念、画像もらってきました。




    ガイドしてくださったおじさん


    45名の団体にガイド一人は無理ね。
    小山で足場も悪いしで聴き漏らしいっぱい。
    薬草興味ある方は少人数でゆっくり回りたい所です。




    カザグルマとテッセンとクレマチス、
    とても興味深いブログ見つけました。

    カザグルマ(風車)と呼んだ日本人、テッセン(鉄線)と呼んだ中国人

    一部引用させてもらいます。
    「中国ではクレマチスの仲間のことを総称して鉄線(てっせん)と呼びますが、これは日本人が感じる音感はどうあれクレマチスのツルをサビた鉄の線(針金)にたとえたもので、役に立つもの以外にはあまり興味を示さない実利主義的というか、つまらない趣きのない呼び方だとぼくは思っています。
     それに対して、古代の日本人たちが命名した風車(かざぐるま)という名前は、静かな空気の中では凛と咲いている美しい形を表現しているとともに、風が吹いたらクルクル廻りだすような大きな躍動感を感じさせる趣きにあふれた素晴らしい名前だな~と率直に感じています。」

    詳しくは→こちら





    ちょっと関係ないけど、昨日決定したTOKYO 2020のエンブレム
    ネットでは非難いっぱい見かけます。


    確かに、涼しげというよりは、暗い、と私も思う。

    決定したいきさつとか興味深いことかかれてます。
    こちら


               私もこれがいいな。


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    何年も前からこのお食事いただきたいと思ってました。
    今回のツアーに組み込まれていたので、これも決め手となりました。


    森野薬草園の見学を終えて、5分ほど歩きました。
    地図で青い星印、道の駅の背後の山中腹にあります。
















    吉野葛のさしみ、コンニャクより上品な感じ、かな。


    飛龍頭、ひろうすのあんかけ。
    上に飾られた、ひょうたん型の大根には三つ葉で結ばれ、細工が細かい。


    山菜のてんぷら、ユキノシタとかドクダミとか初体験。


    黒米の黒さにびっくり。


    ドクダミのシャーベットは少しドクダミ匂う。

    どれもこれも少しづつですが、全部で


    おなかいっぱいになり大満足。


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    このシーズン、毎年つつじ見酒にお招きいただいてます。
    今年もご厚意に感謝して紹介させていただきます。







    和菓子はムラサキツツジを模して注文されたのでしょう。





    お皿は平安焼トウアンさんのもの



    本堂の欄間絵にもツツジが描かれてますが、あのムラサキはどう頑張っても出なかったそうです。




    ふつうヒラドツツジの寿命は150年ぐらいだそうです。
    ところが妙楽寺さんの大ツツジは、
    なんと倍以上の 360年ぐらい!

    尋常ではありえない年数を生き延びてます。

    たっぷりの水を必要とするツツジはよく浄水場とかに植わってます。

    妙楽寺つつじは水も手間もいっぱい貰えたのでしょう。
    そして今はその蓄えたエネルギーを
    見るもの皆に放射してくれています。


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    伊那市の分杭峠はゼロ磁場スポットとして有名です。
    まだ行ったことありませんから、実際その場に立ったらどんな感じなんでしょう、と思っていました。

    日曜日に「聖地・天川へ」というツアーに参加し、最後に訪れたのが天河弁財天社の正式参拝でした。
    そのバス車中、到着する前にツアー講師の南先生がゼロ磁場をご案内しますと言われました。






    鳥居くぐって、手水舎で口と手を清めてから太鼓橋を渡ります。
    その橋の上がゼロ磁場で、SN極の磁極が反転する境目だと。

    実際、その上に立ったときの感覚は、心臓がバクバク鼓動を早める感じでした。

    今になって、ゼロ磁場を調べてわかったことに、あの地で方位磁石を見ればよかったと残念に思います。
    スマホにはコンパス付いてるものね。
    写真撮ってる場合じゃぁなかったわ。




    ゼロ磁場というのは、N極とS極の正反対の磁気が打ち消しあっている場所のこと。
    磁力の高低の変動が大きく、全体的に磁気が低い状態、ゼロに近い状態に保たれている場所を指します。

    そのため、ゼロ磁場地点では、方位磁石の針は方角を示さず、針は回転し始めたり、振動し始めるのだそうです。
    方位磁石はもちろん、GPS も動かないのでカーナビも狂うらしい。

    体内の水分子に磁気が作用すると、細胞は活性化します。
    直流と交流の電磁波が入り混じった空間においては水分子の働きは活発化するので、免疫力が上がったり、細胞が若返ったり、身体の健康などに影響を及ぼしていることが分かってるんだって。


    「ゼロ磁場とは何か」より一部引用させてもらいます。
    詳しくは→こちらで

    伊那市分杭峠は、世界最大の巨大断層地帯「中央構造線」の真上にあります。
    ゆえにゼロ磁場は、この断層地帯の上にはたくさんあり、古代より聖地と呼ばれる場所でもあります。

    ・諏訪大社:国内にある最も古い神社の一つとして有名
    ・豊川稲荷:日本三大稲荷の一つ
    ・伊勢神宮:全国約8万社の神社を包括する、神社本庁の本宗
    ・天河大弁財天社:日本三大弁財天の一つ
    ・高野山:弘法大師空海が修行の場として開いた聖地、金剛峰寺
    ・石鎚山:山岳信仰(修験道)の山として知られる日本七霊山の一つ
    ・幣立神宮:高天原神話発祥の神宮といわれており、火の玉に乗って降臨されたという神漏岐命(かむろぎのみこと)・神漏美命(かむろみのみこと)などが祀られる


    電気通信大学・佐々木先生の著書『「見えないもの」を科学する』(サンマーク出版)より

    "ゼロ磁場は私たちが住む世界と、より高次元な世界との接点であり、そのような場所にはある種のエネルギーが生じている"という仮説。
    そのエネルギーこそ、ゼロ磁場を訪れる人を癒し、活力を与え、不思議な能力を目覚めさせる源泉であると主張される。


    天川の歴史がよくわかるブログは
    修験道の聖地・龍泉寺から天川弁財天神社、丹生川上神社下社を訪ねて

      


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    早速とかげの出迎えうける














    でっかい蜂の巣が二つ残されてました。


    中抜けで帰路山門くぐる前にとかげがいてまるでお見送り。



    とかげって、何かの神様仏様の眷属、おつかいでしたでしょうか?
    それともただのとかげなのか、
    ご存知の方おられましたら教えてください。



    登る前に写した石柱の裏に、山門まで四丁、本堂まで十丁とありました。

    西国で一二をお争う難所と聞いてビビってました。
    しかし先月の投入堂登山参拝で自信ついたとこ、その勢いで
    GW後半はお天気崩れそうだったので、急に決めたお参りでした。
    暑くなく寒くなく新緑美しくいい日でした。

    施福寺参拝記録は次回に続く

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    槇尾山は標高約600mあって約500m付近に施福寺本堂があります。
    役行者が法華経を峯々に納経し、最後「巻の尾」が当山に。
    ここから山号が槇尾山となったようです。

    山歩きなら30分程度は楽勝ですが、お寺参りと捕らえると難所と言われます。
    普段歩きなれてない昨日一緒にお参りしたエミちゃんは今朝は足パンパンだって。






    駐車して歩き始めた参道は、見晴らしの良い所はほぼ上までありません。
    横に流れる小川のせせらぎを聞きながら足元踏み外さないよう、時々新緑を眺めます。
    ちょうどシャガの花が満開で目を楽しませてくれました。

    紫の 斑(ふ)の仏めく 著莪の花  高浜虚子






    山門は、1845(弘化2)年の山火事で唯一無事だった施福寺で一番古い建築物だそうです。
    阿吽の仁王像は、東大寺南大門型の全国でも4例しかない珍しい形で、鎌倉時代の作らしいです。
    わらじが奉納されてます。







    もうすぐ本堂に到着という手前に、弘法大師御剃髪所跡=愛染堂がありました。
    空海が出家して髪を剃り仏門へ入った場所です。
    その髪を埋めたとされる「弘法大師御髪堂」もあります。

    なんでここ施福寺なんだろうと思いました。

    あちこちのブログなどを検索した結果、やっと見つけました!

    >実は施福寺には、若き空海が師と仰いでいた奈良・大安寺の僧、勤操大徳が住んでいたんです。
    空海に出家を勧め、剃髪したのもこの勤操。
    虚空蔵菩薩求聞持法を授けたり、空海に入唐のきっかけを与えたのも、この勤操の力によるところが大きかったのだそうです。
    日本に帰って来てからも、再び施福寺に籠り、真言宗の開宗のために13年間修行をしています。
    お堂には愛染明王と勤操大徳、空海の肖像が祀られているそうです。

    引用元は 寺社巡り.com



    最後の石段上りやっと到着



    花山法皇も山越えに難儀したのを象徴する馬の像


    >今から千年ほど前、西国巡礼の中興の祖といわれている花山法皇は、・・・
    第三番札所の粉河寺からこの霊場へ山越えしようとしたのですが、その時、道に迷ってしまいました。
    昔の人はそのような時、経験のある古い馬に鈴をつけて解き放ったそうで、そうすることで鈴の音と馬の爪跡をたどれば人里にでることができたのだそうです。
    法皇の一行もそのようにしたところ、馬に導かれてなんとかこの霊場にたどり着くことができました。
    法皇はそのことに感謝し、お寺に馬頭観音を奉納したのだそうです。
    その馬頭観音は現在も本堂奥に安置されています。


    この馬頭観音は秘仏なので60年に一回の御開帳だったそうです。
    ところが運よく、西国33所草創1300年で今は毎日拝観可能、お目にかかれます。







    本堂内陣参拝の拝観入場券 500円
    発券通し番号は 028766
    2015年1月より通常公開となっていたようです。
    内陣は撮影禁止ですが、かつては撮影できたようで画像拾えます。

    本尊は、丈六の弥勒菩薩坐像。
    脇侍に、文殊菩薩と十一面千手観音立像。
    ほかに四天王像、伝教大師、弘法大師、不動明王、そして竹生島より移られたと言う弁財天像。
    かずかずの御仏が目の前、すぐ手が届くような近さで拝めます。

    そして私が一番気に入ったのが、方違大観音でした。

      画像拝借したブログ


    この方違大観音も弥勒菩薩坐像とおなじ丈六。

    丈六とは
    1丈6尺のことを略して丈六(じょうろく)といいます。
    1丈6尺は約4.85メートルと言われますが、時代によって異なります。例えば周丈六しゅうじょうろくは、約4分の3位です。
    周丈六で測ると人間の倍の寸法が丈六となります。
    つまり坐像と人間が立った大きさが、ほぼ同じになります。そばで見ると、かなり圧倒されます。
    仏様の優れていることを表現する、ひとつの方法です。また、お釈迦様は人の倍の背丈があった、という話しもあります。
    人間より大きいものを、すべて丈六仏と呼ぶ場合もあります。




    昨日投稿した記事「風薫る槇尾山ハイクで施福寺へ」の2番目の画像


    「西国第四番霊場槇尾山施福寺」の石柱は、駐車場から少し上がった所です。

    撮影は 10:40
    ここでWalkerアプリを起動させました。
    上の本堂まで約30分、ずっと登りが続きますが登山ハイクと思えば楽勝のうち、しかしお寺参りだとしんどいとこでしょう。
    11:50に下り始めて、同じ石柱を背面側から撮影したのが 12:12
    下りは早いですが少し膝に負担かかります。
    所要時間は約1時間半、歩いた歩数4,219歩、歩行距離2,785km

    歩くのもそれなりですが、その入口までたどり着くのも大変です。
    電車で行く場合、泉北高速鉄道「和泉中央」駅から南海バスで「槙尾中学校前」へ、さらにオレンジバスに乗り換えて「槇尾山」へ。
    このバスの運行本数が少ないらしいです。

    私たちは車で守口を9:15ごろ出発し、ナビが指示するがまま1時間ちょっと要しました。
    泉北ニュータウンを過ぎると、ここが大阪かというほど田舎になりびっくりします。
    槙尾山口からリュック背負って歩く人を何人も追い抜いていきました。
    そしてオレンジバスに乗り換えるバス停ある村中の旧道はめっちゃ狭い。
    対向車来ませんようにと祈る気持ちで緊張して運転しました。

    駐車場には観光バスを止めるスペースあったのでどこから上がるのだろうと思ってました。
    途中で立派な高速道みたいな道が山の中腹に見えてたし。
    麓の町中を迂回する新ルートが青少年の家まで、どうやら来年には開通するようです。





    施福寺は、難所というだけでなく個人的にとても気になるお寺でもありました。
    母方の祖父が、何度もこの施福寺に行ってたというのを親戚のおっちゃんから聞いていたからです。
    昭和35年ごろにバイク事故で亡くなってるのでバイクで行ってたかも。
    当時は泉北高速鉄道もなかったし、もっと行くの大変だったと思います。


    何しに行ってたのか。
    戦争末期堺の空襲で焼かれた寺を再建する相談だったのではないかと想像します。
    檀家も焼け出されたことでしょう。
    再建する莫大な費用もなかったでしょう。
    でなけりゃあ、今以上に大変な難所の施福寺参りは数重ねることができなかったと思います。
    半世紀以上前の祖父の思いが今にしてひしひしと感じることができました。

    内陣のかずかずの御仏に、祖父にかわりご挨拶してきました。




    2014-01-02
    ファミリーヒストリー★母のルーツ★堺市戎之町東


    槙尾寺は納経の寺です。
    古来より経塚がきずかれ故事にのっとって全国各札所巡礼が終れば最後に当山にお写経を納めて下さい、と書かれています。

    まだ歩けるうちに、いつか西国33箇所終えたら、こちらに写経納めにきたいと思います。
    残すはあと8ヶ寺!



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    三朝温泉はラジウム=ラドン温泉で有名です。
    確か大阪でもあったと、以前天見のラドン湯行ったわと調べてて、見つけた松葉温泉。
    貝塚の水間観音から少し山に入った所で、阪和道に近い。
    ここなら施福寺参拝後行けると、温泉好きのエミちゃん誘いました(^_^)v

    一人で施福寺山歩き参拝寂しいから、既に行ったことある人は皆しんどいでぇと言うだけで一緒にまた行こうと言ってくれなかった。

    松葉温泉滝の湯は2000円以上のお食事すると、日帰り入湯料700円が無料です。

    これも大きな動機になりました。


    槇尾山を12:15頃に出発し、40分程走ると松葉温泉。

    お風呂入る前に調べてた、すぐ近くの道陸神社へ
    どうろくさんですって
    名前が変わってるから興味そそりました。










    参詣者が次々訪れていい雰囲気の神社でした。
    小銭お賽銭なかったので御神籤ひくことにしました。
    卦は吉でしたが、十分気をひきしめて騙されるな 、なんて書いてありました。


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    連休前の天気予報に反してみごとな五月晴れ。

    電車一本で行けるとこなのでそのうちにと思ってた。
    5/1に施福寺行ってよくよく確かめたら残り7ヶ寺。
    俄然がんばろうという気になりました。



    今熊野観音寺は拝観料要らなくて、本堂内に靴ぬいであげてもらえました。


    紅葉で有名ということは今の時期、青紅葉が美しい。




















    ご本尊 十一面観世音菩薩

    開基 弘法大師空海上人

    ご詠歌 昔より立つとも知らぬ今熊野 仏の誓いあらたなりけり



    やっぱり今日も光が入った不思議な写真撮れました。






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    昨日はあまりにいいお天気で洗濯してたら家出るの遅くなってしまった。
    準急に飛び乗ったら結局11分後の快速急行と同じで、東福寺着いたら11:23
    電車降りてウォーカーアプリ起動。



    京阪の東福寺駅で降りるの初めてです。
    東福寺も泉涌寺も智積院も行ったことなかった。
    電車一本でいつでも行けると思うだけで、結局はまず行こうという思いがなければそのままになってしまうということの典型ですね。


    今熊野観音寺は泉涌寺の塔頭の一つで、総門入って参道にお寺たくさん見ました。


    ちよっと興味惹かれたけど入らなかった。


    泉涌寺はとても大きな皇室ゆかりの御寺で、楊貴妃観音も祀ると書かれてありました。



    広すぎて、あちこちに境内図が掲示されてないし、どれぐらいで行けるのか想像つかない。


    最初の画像の ゆき荒神、これも気になりました。
    少しそちらに向かい歩き始めるもその建物らしきものが見えず引き返す。


    前夜の予習、「今熊野 ランチ」で調べて、澤正そば茶寮に是非行ってみたいと思った。
    ただし2人以上で事前予約が必要です。
    そば懐石ランチでお安いほうが¥4200
    いつかのために場所と店構え見に行くことにしました。

    泉涌寺の北の方はかつての弔い地で鳥戸野陵。
    地図を見れば今熊野観音寺から細い旧道で剣神社あたりに行けそうだけど、ちょっときみ悪い。

    今熊野の赤い鳥居橋をくぐった川沿いの道は霊園へと表示があって、誰も歩いている人いない。
    遠回りになっても民家があり人の居る道を行くことにした。




    方角からしてこの細い道を行けば剣神社行けそう。
    出くわしたクラブ活動とかに行くような中学生に尋ねたらドンピシャだった。



    突き当たり右に剣神社が見えた。



    この画像撮影時刻は12:31なので、階段降りて谷に降りてまた昇る地図になかった道は約3分要した。

    東福寺で下車11:23からすでに1時間ずっと歩いてた。
    お参りご挨拶とご朱印もらう間だけ立ち止まってるけど、撮影はたいてい歩きながらです。


    続く

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    東山の音無川と今熊野川の合流点近く東山の閑静な住宅街の一画に鎮座。
    京都市東山区今熊野剣宮町13

    現在は今熊野一帯の産土神で、とくに疳虫封じのご利益があるとされていて子どもの守護神なので道を尋ねた中学生も知ってたのでしょう。



    古くは剣の宮と呼ばれ 通称「剣(つるぎ)さん」と親しまれるそうです。
    トビウオを雌雄一対で描いた絵馬が奉納されてます。
    奉納者が「トビウオ断ち祈願」をする風習があったのは、御祭神の好物だからだって。





    そのご祭神は、
    伊邪那岐命(いざなぎのみこと)
    伊邪那美命(いざなみのみこと)
    邇邇藝命(ににぎのみこと)
    白山姫命(しらやまひめのみこと)
    どなたがトビウオ好まれるのでしょうね。

    中世は泉涌寺の守り神であったらしい。
    天明、天保の火災で詳しい創建由緒は不明。
    名前の由来は平安遷都の際に、王城鎮護として都の巽(東南)の地に宝剣を埋め神殿を建立したことから剣神社と名付けられたと言われています。

    この場所は葬送地でもあったので、亡くなった方の遺体と一緒に埋められた鏡や刀剣が見つかって、それを祀った神社だからではないかという説もあるそうです。




    本殿の左側末社の朝日神明宮。
    どなたが祀られてるのかと思いきや、天照大神らしい。

    記事にするにあたり調べてわかりましたが、本殿裏の絵馬奉納所にはかわいい金色の招き猫が鎮座してたんだって。
    見落としたわ~



    トビウオ好きな神様で検索したら実に興味深いブログ発見
    こちら


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    剣神社からすぐのところに案内板見えました。
    これがなかったら地図ではわからなかった。



    枝垂れ桜の橋を渡り、階段上がると角に



    澤正そば茶寮ありました。
    住所は京都市東山区今熊野剣宮町33-22

    本日満席って札置いてて神社の提灯さげられてます。

    この通り人気配ない閑静な住宅並んでます。
    車はどこからこの道入ってくるんだろう?





    マーマレード大好きなので一瓶買い求めお金をガラス瓶に入れました。

    家が途切れるとこまで行って引き返した。
    さらに先に進むとなんか異空間へ迷い込みそうな気がしたから。



    もっと先まで行ってたら鳥戸野陵に行けたのです。
    清少納言は晩年を現在の泉涌寺のあたりで暮らし、定子の眠る鳥辺野の御陵を拝しながら生涯を終えたと伝えられています。







    この道剣道というようです。
    この沿道には提灯ぶら下げてるお家多かった、





    しかし剣神社では祭してなかった。
    提灯にカラス紋があり、新熊野神社が 翌日5/5獅子講で氏子廻るという掲示を見かけた。




    東大路通りに出るとすぐ右に立派な大木が見えた。
    こんなに近いのならと足を伸ばすことにした。








    なんで剣神社近くのお家が新熊野神社の氏子なんかようわからん。


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    新熊野神社で祭奉納されてる餅箱につるぎ餅の墨書き見た。
    帰り七条まで歩いてたらその店発見。
    神社に奉納するぐらいなら老舗とか味が確かとか思えたので柏餅買いました。

    大阪では普通こしあんとつぶあんで、みそあんは見たことない。



    白あんと味噌に生姜が効いた好みの味でした。
    なんで大阪では売ってないのかないのかな?

    連休前にも店で柏餅食べてて、柏の葉にどんな意味があるんだろうと話してた。
    ぽみえさんのブログで答え見つけた(^_^)v

    「カシワの葉は新芽が育つまでは古い葉が落ちないことから、新芽が育つまで見守る親心 、子孫繁栄(家系が途切れない)という縁起をかついだもの」






    京阪七条駅から智積院や国立博物館までに三十三間堂あります。
    外人さんはこの寺のずら~っと並んだ仏像が好きらしい。
    伏見稲荷の千本鳥居も人気だそうで、侘び寂びよりはまず迫力なのかな。


    東福寺近辺よりは外人率うんと高い。



    大和大路通りの右塀が三十三間堂、五本ラインですね。

    ちぃうど裏側にあった地図


    日本語以外に英語ハングル中国語並記でした。

    JR線路沿いの道から大和大路通りに曲がる辺りで見かけた若い女性二人。
    スマホ画面見ながら大型スーツケース引っ張ってた。
    洋服がド派手で一見アニメオタクのコスプレかと思った。
    体型や服装の好みなどからみて中国人かな?

    写真は撮れなかったけど、近づいた時の雰囲気から判断するに、あれは民泊の家探しやね。

    声かけて助けようかとずいぶん躊躇したけど、自分も地図見ながらの見知らぬ地で日本語以外に喋れないし。
    二人はスマホ画面から目を上げず、私の存在を気に留めない。

    民族的に人の世話にはならぬって感じなんでしょうか。
    外国で民泊利用できるぐらい情報得るのも上手でしょうから、そのうち自らで辿り着けるでしょう、と声をかけなかった。

    日本人って親切おせっかいなのにね。
    特に大阪のおばちゃんはフレンドリーやのに、特技いかせなかったわ。

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  • 05/08/16--09:01: だんじり娘




  • 龍踊りする女の子たち。
    男の子より活発で元気で体力あるかも。





    今年のミスだんじり娘で一位だった逞しい彼女は、だんじり屋根上でも踊れるしお囃子の鉦だって上手にたたけます。

    昨日前夜祭のコンテストで一位取れたのは




    このゲームで堂々一位だった(^_^)v


    昨夜はこうした企画の後、駅前から公園に移動し10回大会記念花火がありました。










    そして今日朝10時から地車パレード




    開会式の後また地車曳行




    待ってる間が長い。



    どなたもそれなりに日焼けしました。




    今回からイタリア人がうちの地車隊に仲間入り。



    日本のあちこちで国際化進んでますね。


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