昨日のだんじりまつりには9台の地車が参加してましたが、
橋波にある天乃神社は枕太鼓を披露してくれました。
二年前の記事にも書きました→2013-05-12
今年の解説アナウンスで「神の降臨を願って打つ太鼓」が耳に届きました。
そういわれてみると、太鼓を打つ青年たちは薄化粧してる?
むかしからシイタケ栽培に和太鼓の波長が成長を促すとか、実利的なことは聞いたことありました。
なんで天乃神社に枕太鼓が伝承されているんだろう
気になって、家に帰ってから調べてみました。
天乃神社の創建年月日は不詳であるが、奈良時代、橋波集落が開発されたころ、創建されたものと思惟され、少なくとも鎌倉時代既に信仰を集めていた。
天神様を主祭神とする三柱(菅原道真公、素盞鳴尊、誉田別尊)なる御祭神を奉祀。
枕太鼓の始まりは不祥。
昭和6年(1931)満州事変の年より休止。昭和28年(1953)有志により復活。昭和53年(1978)天乃神社太鼓保存会発足。
日本大百科全書(ニッポニカ)の解説によりますと
太鼓はもともと神を降ろすための呪具であった
太鼓を神聖視するところは多く、災厄を払うとされてきた。
害虫の駆除や疫病送りには大掛りで華やかな行列を組み、村々の祭りには列を組んで道行をし、盆には供養踊として家々を巡る。
太鼓の音が雷鳴を思わせるところから雨乞いにも用いられる。
ブリタニカ国際大百科事典
神木(しんぼく)とは神が依りつくとして神聖視される樹木。
古くから,神は何か物に依りついて具現化すると考えられていた (→依代 ) 。
そこで神木を神の表徴とみなしたり,樹木に神霊が宿ると考え,畏怖し,神聖視してきた。