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令和で有名になった坂本八幡宮

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村の鎮守さまみたい。のどかなこじんまりした神社でした。
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鳥居くぐってすぐ左手に歌碑がありました。大伴旅人の歌が彫られてあります。
わが岡に さ男鹿来鳴く
初萩の 花嬬(はなつま)問ひに 来鳴くさ男鹿

案内板にはこの辺りは、大宰帥(だざいそち)大伴旅人(おおとものたびと)の邸跡と伝えられている。旅人邸は、「万葉集の華」ともいうべき梅花の宴が開かれた場所としてよく知られているが、赴任後間もなく妻を亡くした旅人の暮らしは心淋しいものであった

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撮影時間8:40プレハブの社務所前で行列が。ご朱印書いてもらえるのが9時からだそうです。
Wikipediaによりますと「令和」発表直後に中央メディアなどが今も有力説のように報じたため、新元号ゆかりの地として一躍脚光を浴びるようになった。以前の参拝者は1日あたり20人ほどだったが、「令和」発表直後には3000人に急増したという。
坂本八幡宮でご朱印授与見合わせ=氏子ら疲労で体調崩す-福岡・太宰府時事通信      2019年05月07日17時38分 新元号「令和」ゆかりの地として注目を集める福岡県太宰府市の坂本八幡宮の氏子会は7日から、ご朱印の授与を見合わせることにした。参拝客が殺到し、ボランティアとして対応してきた氏子たちが疲労困憊(こんぱい)したためという。
神社は新元号の出典となった万葉集にある「梅花の歌」の序文で舞台となった歌人大伴旅人邸の所在地として一躍脚光を浴びていた。氏子会の木原一臣会長(79)によると、改元後は氏子会が用意したご朱印を求めて参拝客が殺到し、連休中は1日で5000人が訪れたという。
神社には常駐の神職がおらず、70代の氏子ら20~30人が中心となって行列の整理などの対応を続けてきた。しかし、多忙のために疲労で体調を崩す氏子が相次いだ。       
まさかの令和ブームで、境内にあった歌碑も違う歌やし。
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坂本八幡宮は大宰府政庁跡の整備された公園左側を5分ほど行ったとこにあります。北西の裏鬼門の位置ですね。
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実際の邸宅跡は別の場所?戦後間もない頃、竹岡勝也(九州大学教授)が、坂本八幡宮の周辺の台地にかつて大伴旅人邸があったと考えられなくもない、と言及した。これが発端となり、坂本八幡宮が大伴旅人の邸宅跡であると通説のように語られるようになった。昭和61年(1986年)、この説を検証するため、九州歴史資料館(九歴)による坂本八幡宮付近の発掘調査が行われた 。祭祀用とみられる土製馬形「土馬」などが出土したものの、8世紀前半の建物遺構は検出されなかった。このため当時の九歴は、坂本八幡宮付近は違うと判断している。坂本八幡宮の真下は発掘調査が行われていないため、坂本八幡宮にあった可能性が完全に消えたわけではないが、坂本八幡宮付近が邸宅跡であるとする説は長年の通説的地位を喪失した。 
        
 大阪からの船旅は早朝に九州に着きます。そんな早くから開いてるところといえば、神社!
そういうわけで、今回も太宰府天満宮と坂本八幡宮を参拝。神社好きな人には、船旅おすすめです^^
午前9時過ぎてご朱印もらう人たちを待った。9時15分ごろ次の観光地向けて出発したのだった。
つづく




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