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天文学者が議論した卑弥呼「最期の地」

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AIがおすすめするニュースに、


先月発刊された本の解説記事が出てきました。
これぞサイエンス? 邪馬台国の場所は「日食」で特定できるか(播田 安弘)

これぞサイエンス? 邪馬台国の場所は「日食」で特定できるか(播田 安弘)

邪馬台国はどこにあったのか? 古代史最大の謎といわれるこの難問に、意外な分野から斬り込んだ研究者がいました。日本史のさまざまな謎を当時の天文現象をもとに解明する...

ブルーバックス | 講談社

 
国立天文台報に載ってる論文が引用されてて、論文最後の締めで

「卑弥呼の死の前後と見られる紀元247年に、北九州で、皆既または皆既に近い日食があったことは、注目に値する」



このストーリー、以前書いたことありました。思ってたのと同じで、それが科学的に実証されそうなかんじ。

13年前、2009-7-3のブログは日食×卑弥呼以って死す - 秋麗(あきうらら)

日食×卑弥呼以って死す - 秋麗(あきうらら)

今月22日に今世紀最大の皆既日食が日本でも見られます。奄美諸島の場所によっては皆既の始めから終りまでの時間が最長6分44秒と、21世紀に起こる皆既日食としては最も長く、...

goo blog

 あの時の日食で思ったことを次のように書きました。

皆既日食によって太陽が隠れることは、古今東西人々に甚大な恐怖を与えたことでしょう。
中国では太陽は君主の象徴とされ、日食時に国家行事を行えば臣下によって国が滅ぼされる前兆になるとされていたそうだ。

そして日本の古代、248年9月5日にも皆既日食が起こり、このとき卑弥呼が殺害されたという説があります。
太陽に仕える巫女(日巫女→卑弥呼)の霊力が失われ「卑弥呼死す」にいたったとしても分からなくもない。

もう少し詳しく調べてみると、
卑弥呼の没したとされる年代あたり、247年3月24日と248年9月5日の2回日食が観測されたようです。

AD247/3/24は夕刻6時半頃のまさに沈まんとする夕日の蝕。 
欠けながら沈んでしまった太陽、そしてそのまま夜になってしまう。
日食は新月の時におこりますから、月のない夜は暗い。
一生暗闇の世界が続くかのような恐怖感を与えたのではないでしょうか?

そしてAD248/9/05は早朝6時頃の昇る朝日の蝕。
地平線近い太陽がすぐに欠けだして昇ってくる、これも不気味です。
でもそのあと蝕が終わればあっという間に明るくなるのだから、希望を与えてくれそうです。

もし殺害されたのだとしたら、248年の朝日よりは247年の夕日の蝕のときのような気がする。

そしてどちらの蝕も、地平線すれすれの角度の低い太陽です。
盆地で山に囲まれた場所なら見にくいね。

シャーマンとして「共立」された卑弥呼。
他の王たちも日食が見えて恐怖などの感情を共有したことが重要なんではないかしら。




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