何を撮ってるのか意味不明ですね。右側オレンジ色車体がいまざとライナー🚌左看板、バス停11番が杭全、難読地名くまた。
奥に写ってるコンテナ群が百済貨物ターミナルです。鉄子さんでは無いので、ちゃんと見学したことない。昔ここに百済からの帰化人住んでたのかな、なんて思った。最後に杭全の地名由来で。
杭全の交差点は5つ辻で、JR線路に沿った道行けば天王寺。母の晩年、桑津天神社へよくお参り行きました。このややこしい交差点で信号待ちしながら、百済貨物や東部市場前という駅名目にしてました。
いまざとライナー杭全停留所すぐ前にJR関西線の東部市場前駅、ここで乗り継げるって、ふつわからんよね。
ここから関西線久宝寺駅で、おおさか東線に乗り換えました。
オレンジで書き足した線がいまざとライナー運行、草色線を乗車移動し下車した駅はJR長瀬。降りてどこ行ったかは次回に。
杭全地名由来で調べたの貼り付けておきます。
東住吉区の東端に位置し、杭全の名の由来は諸説あるが、主に以下の3説が有名である。
坂上田村麻呂は朝鮮半島南部に存在した「百済」から渡来した人物という説があり、坂上氏らが住んでいたこの地が「百済」とも呼ばれていたことから、クダラが訛ってクマタになった説。※杭全の近くには、JR貨物の「百済貨物ターミナル駅」があり、旧地名の百済がそのまま残っている。古事記に登場する倭健命(ヤマトタケルノミコト)の子の「息長田別王」(オキナガタワケノミコ)の更にその子の「杙俣長日子王」(クイマタナガヒコ)が訛ってクマタとなった説。現在の淀川水系のひとつにあたる河川「今川」の氾濫を防ぐために川に杭を大量に打ち込み、「杭を全部打ち込んだ」が変化してクマタとなった説。違うサイトでは
杭全(くまた): 大阪府大阪市東住吉区杭全
・ 古代、いくつかの河川が杭状に分かれていた地形に由来するとも言われる。
・ 杭全郷: 奈良時代から鎌倉時代にかけてみられる郷名で、「和名抄」によると摂津国住吉郡五郷の1つ。
高山寺本では「久万太」、東急本では「久末多」と訓み、杙俣・咋俣とも書いた。
・ 百済からの渡来人の居住地で、「くだら」が「くまた」に訛った。
「杭」を「全て」打って、土地を分けた。水中に打った杭で氾濫を防いだ。などの説がある。