若狭おばま寺 というタイトルのパンフレットはたしか2017年8/5おおい大火勢(おおがせ)の時に入手。仏像マニアのお連れが前から行きたいと言ってました。今回のGoToトラベルで小浜を選んだきっかけです。
初日は西国33箇所の成相寺と松尾寺御朱印集め。2日目は夕方6時には帰着したかったので、小浜での滞在は午後3時が目処。
限りある時間全部まわれません。私の予想は以下の○印かなと
大飯(おおい)のホテルうみんぴあに宿泊したので、2日目は9時出発で小浜の西から攻めることに。
彼女がセレクトした最初の寺が高成寺でした。
予想の常高寺と、実際に行った高成寺、どう違うのかもわかってなかった。
青井山 高成寺は小浜公園背後の少し小高いとこにありました。この白鳥海岸は半世紀近く前に来たことあった。高速道ないので下道で山越えて。カローラとギャランシグマの2台に分乗して大変な道中だった。船釣りに連れて来てもらってたことを、海沿いに並ぶ船宿見て思い出した。
今は人魚の浜海水浴場なんて小洒落た名前ついてるんですね。当時、八百比丘尼伝説なぞもつゆ知らず。
残念ながらお前だちにしかあえませんでした。
災いは口より出でて身を破り幸は心より出でて我を飾る
また機会あれば、小浜西組あたり散策して、浅井家三姉妹次女お初の常高寺も詣でたいものです。
高成寺 縁起高成寺は足利尊氏が暦応二年(1339)に若狭小浜に建立した安国寺であり、元僧竺仙梵僊の法嗣大年法延を迎えて開山とした臨済宗の名刹である。 本像は、高成寺観音堂の本尊として安置される等身の十一面千手観音立像である。この観音は『若狭郡県志』に、若狭姫神社の傍にあったことが判明し、『延喜式』記載の若狭姫神社(遠敷明神)本地仏千手観音との関連も推しはかられる。
本像は像高181cm、彫眼とし、胸や腰に十分な厚みをもたせ、下腹を張り出すことや、天衣や裳には彫りの深い幅広の波と小波を交互に刻み、衣端に旋転文が見られる。構造は、やや右に曲った木芯を含む桧の縦材から全身を彫り出し、内刳りを全く施さないなど極めて古風な造りである。このような構造や、下半身が寸詰まりに見え裳裾地付部分の左右への張り出しも大きいなどから、平安時代初期の九世紀後半頃の製作と推定される。