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不思議だなと思う心間違い探しが苦にならないこれがものの鑑定に役立ちます

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    家元の河野松雲さんは今年喜寿のお祝いで胡蝶蘭贈られたそうです。
    それを活かした瓶花。



    下の鉢カバーは真鍮製の骨董火鉢、花台は春日の杉だそうです。



    うまいこと工夫されてます。



    紅葉も立派





    バナナも一興











    今年もお招きありがとうございました(^人^)

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    新潟県新発田市のお酒「菊水」


    新潟県上越市の「岩の原ワイン」


    この肉料理が特に美味しかったです。



    日本の旅は、やっぱり温泉と料理とお酒が大事。
    どれもこれも満足した月岡温泉の白玉の湯泉慶、また行きたい。


    朝のバイキング会場の料理も品数多くて満足でしたが、お餅つきパフォーマンスも賑々しくてよかった。



    宴会中には支配人が挨拶来られたし、朝は女将さんがお見送りとサービスも行き届いてました。


    宿を朝8時半に出発して、魚沼市の西福寺へ







    江戸末期に建立した西福寺の開山堂は、東洋のミケランジェロと呼ばれる石川雲蝶の彫刻絵画が立派です。

    以前TMさんのブログで知り、いつか見たいものだと思ってました。
    (該当ページがどこか探し出せずトップページのリンク貼りました)

    残念ながら撮影禁止だったので詳しくは
    赤城山西福寺サイト

    チャンスがあれば是非お出かけになり生でご覧になるとその迫力に圧倒されます。



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    先の記事2016-10-28 越後周遊★笹づくし でも触れましたが、
    笹山遺跡出土品のこの火焔土器が国宝39番目で、新潟県で国宝第1号となります。
    東京五輪2020聖火台モチーフに立候補してるので応援してね、と係員に言われました。



    この十日町市博物館は入館料300円とお安いだけでなく、障害手帳お持ちの方とその付き添いは無料です。
    さらに事前に電話で問い合わせたときに、解説説明しましょうと提案してくださった。
    これもサービスでした。




    画像ではわかりにくいかもしれませんが、頭蓋骨上に土器が下向きに置かれてます。
    なぜか土器は、発掘される人骨の頭蓋骨上で発見されることもよくあるそうです。





    火焔土器などの土器片には朱が付いてたり、煮炊きした煤でこげた跡があったり、植物の形跡も残ってたりもします。







    栗を土中で保存してた様子はこんなだろうと想像の展示。

    奈良県のどこかの遺跡で栗を食用にするのに植林してたこともわかっています。

    縄文時代って想像以上にすごいね。

    ジャンボタクシーのドライバーさんは新発田市在住で下越地方で主に仕事されてるので、この博物館は初めてとのこと。
    今まで存在すら知らんかったけど、こんな立派でお安くて、今後案内先に組み入れようと感心されてました。

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    旅先でやはり名物食べたいもの、新潟のへきそばはどこで食べようか思案しました。
    二泊三日のの昼食3回のうちどこで組み込むか。
    行程も考慮し、十日町市に小嶋屋本店があることを知りここに決定。

    大勢で分けっこするのは問題生ずるので、一人用の天麩羅そばにして大満足。
    おむすびも美味しかった。
    新米の魚沼産のコシヒカリでしょう、きっと。


    帰路は上越妙高駅で16:21北陸新幹線乗車予定。
    ドライバーさんは、十日町から上越方面を走行したことないと言われ、カーナビやネットの地図情報によれば2時間以上かかると。
    気ぃもみましたが、想像以上に早く到着して、1本前の新幹線に変更しようと思ったけど、70分に1本程度しか走ってなかった^^




    この地図は少し古いようで、2015年春に開通した北陸新幹線が載ってません。
    信越本線の高田駅のすぐ近くのようです。


    車窓よりたまたま道路標識を撮影しました。





    降雪から看板を見えやすくするために垂直ではなく角度あるし、屋根も付いてる。
    そしてよくよく見れば、長野へ国道18号線と書いてある。

    去年軽井沢の碓氷峠で悲惨なバス事故ありましたね。
    この秋には、野沢湖畔で大木が突然倒れ下敷きになって落命された事件もありました。
    ともに国道18号線。
    こんなとこ走ってる道だったのかと愕然。

    群馬の高崎から新潟の上越までの道、これって信越本線であり、北陸新幹線ともかぶってますね。




    北陸新幹線の起点は高崎で、現時点での終点は金沢、これは暫定的な部分開業区間です。
    昭和47年発表された計画では、最終的には、起点は東京の新宿駅で終点は大阪市なんだそうです。



    そして今年11月7と8日、金沢から仙台へお試し新幹線走ったというニュース見ました。


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    昨夕の的矢湾に沈む夕日です。



    渡し船に乗ったのが16:28、船内から撮影しました。






    そして今朝、わたかのじまで







    和田崎から見た朝日が荘厳だった。


    出雲の神在月の神迎え神事はいろいろあって行けなかったけど、
    まさかの志摩市のハート型わたかのじまで八重垣神社にであった。



    須佐之男命を祀る神社で、7月に行われる天王祭は志摩地方一番の奇祭で知られるようです。









    渡鹿野島とは
    周囲約7km、面積は約0.7平方キロメートルを持ちリアス式海岸の湾のひとつ的矢湾の奥に位置し、的矢湾深部の外海から隔てられた島の西側海域は波が穏やかな海面となっている。そのため古くより荒天時の避難場所・風待港として使われていた。

    古くは伊雑宮の神領であったとも言われ、江戸時代には、江戸と大坂を連絡する菱垣廻船・樽廻船が増えたこともあり避難・風待をする港としての重要性が高まった。船乗りなどのための宿のほか、風待ちの船乗りを相手とした、把針兼(はしりがね)と言われた水上遊女なども集まり、遊郭街としても大いに栄え女護ヶ島といった別名を持つこととなった。史跡としては江戸時代に灯台に使われた石柱などがある。



    春から予約してた出雲の旅が伊勢志摩に急遽変わったけれど有意義な旅になりました。

    参拝したのは
    外宮、伊雑宮、佐美長神社、瀧原宮。
    そして曽爾高原のススキ見て、亀の湯つかって帰宅。

    先ほどの天気予報で、伊勢志摩に大雨強風警報出てました。
    ギリギリセーフ(^^)v



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    伊勢志摩国立公園内の的矢湾に浮かぶ渡鹿野島は「風待ち港」
    宿泊した宿は、「海風」はいふう



    朝ごはんは和風を選び、これも美味しくいただけました。

    朝ごはん食べる前にホテルの自転車借りて30分ほど島内を走ってきました。









    ホテル専用の渡し船で3分、本土側の波は高かったけど、島に着くと波静かでその海岸に沿ってホテルが並んでます。




    渡鹿野渡船場から一般に利用すると、大人料金180円が夜の時間になると割高になり、19時~22時の便は300円、22時以降は500円。







    かつて、いや今でもかもしれませんが売春の島らしく、ホテルの裏側はちょっといかがわしかったりする。
    朝の早い時間帯、閑散としてて廃墟になって朽ちた家や閉店した店もありました。

    「はいふう」はプチセレブなリゾートホテルで、裏側に出なければぜんぜん関係なく楽しめます。


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    伊雑宮の御師(おし)
    三重県志摩市磯部町上之郷407 (伊雑宮の北隣)

    以下サイトより引用させてもらいますが、詳しくはリンク先でご覧ください。

    「伊雑の浦の御塩」
    その昔、奈良を出て80年、ヤマトヒメさんご一行は、的矢湾より船を進め、伊雑の浦の入り口でお昼となり、奈良へ御塩を届けていた浜でお食事を召し上がられました。
    その浜を「いばま=飯浜」と名づけ今に伝えています。 そして伊雑の浦を更に奥へと進められお着きになった所が「かみの里=上之郷」で真鶴、稲穂との出会いがあり、この地(上之郷)にアマテラシマススメラギノ大神(おおみかみ)を伊雑宮としてお祭することになりました。
    今、志摩市では「里海」(さとうみ)をテーマに活性化にはげんでいます。その志を形に現し、伊雑の浦の潮を自宅で製塩して、ご来訪の方々へのおみやげ、おもてなしとしました。

    「御師の米」
    江戸時代伊雑宮は、奉行所に届けることなく自由に参拝(参宮)する事が出来ました。
    それだけに多くの人々は「まずしく」、伊雑宮講、いそべ講の講参(こうさん)、代参として御師の「おみちびき」でお参りにおいでいただきました。お帰りに御師は「無事にお国へ」「また来年も来て下さい」と僅かな品物を「おもてなし」としてお渡ししていました。この御師の米は、その志を現代に現したものです。

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    旧跡地として語り継がれている所には、鏡楠の残根と大正12年に発掘された石棺の天井石があります。
    鏡楠の根本 から発見された室町時代の白銅鏡2面は、志摩市立歴史民俗資料館に保管されてるそうです。












    巡幸終えた倭姫命が五十鈴宮に到達した後、皇太神に供えの食物を奉れる地を探していたところ
    鳥の声の導きで志摩の新天地を見出す
    伊雑の地域いったいが米を作るのに優れた地であり、海の幸山の幸にも恵まれていた
    詳しくは→ こちら

    志摩は御食国。




    正宮につぐ別宮が合わせて14宮あります。


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    昨夜11/13 の18:44に撮影した14夜のお月さん。

    普段より14%大きくて、30%明るいそうで、目に飛び込んできました。

    今晩10時過ぎが満月で、 8時半頃に最大となるそうですが、見れるかな?

    1948年1/26以来のスーパームーン。
    68歳以下の人が初めて目にする特大の満月らしい。
    昨夜はニュージーランドで地震ありましたが、影響あるのでしょうか。

    ちなみに次にここまで近づくのは2034年11/25。



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    伊雑宮の御田植式が行われる磯部の御神田です。
    デジカメで撮影しましたが、やっぱり午後3時半ごろの昼下がりの光が入って、左側に紫、右側にうっすら紅色が写りこんでいます。



    紺色の六芒星で記したのが伊雑宮、その左茶色の記したのが御神田、少し離れた右手の赤印が倭姫命旧跡地です。




    鳥居の目の前に神武剣道場があり、石塔には六芒星がみられます。







    現在伊雑宮の遷宮が執り行われるのは内宮の約1年後。
    今回は平成26年11月28日でした。

    かつて伊雑宮の式年遷宮は、内宮の遷宮に先駆けて行われていたとか。
    伊雑宮にまつわる諸々の史実に触れますと、
    国家神である天照太御神がご鎮座する本宮を、どうしても内宮にしておかなければならない抜き差しならぬ理由があるよう。
    そのためには、伊雑宮を内宮の別宮扱いにし、倭姫の史実を隠す必要があったのでしょう。
    実際にごく最近まで、伊雑宮の近くに住む人々でさえ、倭姫や内宮に関する話を表立って話題にはできなかったそうです。

    以上の文章は、たびたび神社 というブログから引用させてもらいました。
    こちらの伊雑宮の一連のエントリー記事を読ませていただき、行ってみたいという思いに駆られました。

    詳しくは→こちら

    一部引用させてもらいながら、倭姫命の巡幸を説明しますと

    大和の笠縫邑に安置されていた八咫の鏡を託された豊鍬入姫命が、まず最初に向かったのが丹後の国(真名井神社)。
    大和の国に戻ってきたのち、紀伊の国、吉備の国、再び大和の国に入りその役目を倭姫命に引き継ぐ。
    豊鍬入姫命が目指したのは、その昔、天孫族(イスラエルの民)が、日本に渡来した際に上陸したであろう地点と重なっている。

    そしてそれらはすべて、海人族(先住民族)の拠点であり、倭姫命が最終地と定めたのも、伊勢(磯部)という海人族の聖地であった。

    豊鍬入姫命・倭姫命の巡幸というのは、自らの祖先神を祀った土地を巡る慰霊の旅であった。

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    大阪府庁舎5階正庁の間の東の窓から大阪城が見えます。



    窓に近づくと小さくなり離れると大きく、不思議です。



    天井のステンドグラスも綺麗。







    何しに行ったかというと







    順番に戴けるものとはいえ、今年は大当たり(^_−)−☆


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    2014(平成26)年秋に発行された伊勢志摩キャンペーン誌「伊勢神話への旅」最終ページと裏表紙です。

    伊勢志摩の地図と見開きで17ページに載ってる佐美長(さみなが)神社、初めて知りとても心惹かれました。


    伊雑宮に参拝済ませてのち、800mほどの距離なので歩けなくはない。
    でも鳥居近くで路駐できますよと伺い、車で向かうも最初は通り過ぎてしまった。




    この石段下の鳥居近辺のどこにも佐美長神社を知らしめる標識はありませんでした。
    玄松子さんのサイトでも、同じこと書かれてありました。
    「磯部支所の前の信号の側にある。
    注意していないと行き過ぎてしまうかもしれない。
    玄松子は行きすぎて戻ってきた。」

    「鳥居をくぐり階段を上ると境内だが、この階段は、昔から三十六段であるらしい。
    一段が一旬を表しており、一旬は約十日間。
    一カ月は、上旬・中旬・下旬の三十日間を表し、一年(大年)が三旬×十二カ月の三十六旬となる計算だとか。」









    佐美長神社(さみながじんじゃ) 伊雑宮所管社
    祭神は五穀豊穣の神、大歳神(おおとしのかみ)

    古くから穂落社(ほおとしのやしろ)ともいわれている。
    祭神が真名鶴となり、稲穂を運び落としたのが千田(ちだ・稲を生ずる地)であると伝えられている。

    社地には小社殿ながら、伊雑宮所管社の佐美長御前神社四社
    祭神は佐美長御前神(さみながのみまえのかみ)がご鎮座されている。




    伝説では佐美長神社は、倭姫に稲穂のありかを教えた鶴を大歳神(おおとしかみ:ヒゲの生えた老人の姿の神様)として祭る神社だそうです。

    伊雑宮と佐美長神社を結ぶ道を御幸道(ごこうみち)と言い、神が両神社を行き来する道であるとされます。
    『磯部郷土史』によれば、倭姫命が天照大神を奉戴して志摩の地を遍歴した際に通った道であるという。

    そしてこんな説も見ました。
    「奈良時代から平安時代の804年より前に、伊雑宮に祀られていた天照大神・瀬織津姫2柱の祭神を天照大神1神のみの祭祀へ変更、さらに祭神名を変更し、同時に伊雑宮に祀られていた瀬織津姫のご神体を佐美長神社本社、或いは佐美長御前神社に祓戸4神として祀りなおしたもの、と推測される」


    倭姫宮は、現在、内宮と外宮を結ぶ御幸道路の中ほどの倉田山に鎮座しお祀りされていますが、できたのは大正12年!
    神宮の中ではきわめて新しくに御鎮座されたお宮さんです。

    大正12年は、伊雑宮近くの倭姫宮旧跡地の楠木下から石棺が掘り出された年のことでありました。

    参考にさせてもらったのは→こちら

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    実は伊勢志摩の旅の初日の出だしでとても困ったことが起こりました。

    朝9時半ごろ守口を出発してお昼過ぎに伊勢に到着。
    ここまでは順調でしたが、車中、なにか早口の音声が時々聞こえていました。
    どこかの無線拾ってるの?ぐらいに気にしてなかった。

    そして外宮の門前にあるフレンチレストランBon Vivantで昼食をとることにしました。

    立派な建築物をスマホで撮影しようとしたらカメラが起動できません。
    とりあえずデジカメで外観を撮影して、席についてからスマホと格闘。
    どういじっても元に戻らない。
    何か見たことのない状態でした。

    少し前に越後縦断の旅で伊丹空港でズームアップ拡大仕様に突然なって苦しんだ話を書きました。

    レンズズーム状態なら三本指ダブルタップで切り替わることは学習してました。
    それでもないのです。

    あれとはまた違って、四角いズームレンズに囲まれた部分の字を早口で読み上げてるようでした。
    ジャストタイムになっても、ただいま12時30分みたいに読み上げます。

    旅の始まりにスマホが使えないなんて悲劇です。
    家族ですら携帯電話番号覚えてませんから連絡もできない。
    どうする~

    隣席の方が同じアイフォンお使いだったので、尋ねてもわからない。
    近くの携帯会社を探してくださった。
    レストランの方も地図まで下さいました。

    ショップは外宮近くの宇治山田駅近辺ではなくて郊外に移転したそうで、車で10分ほど。




    なんぼ急いでても、ちゃんと外宮の豊受大神にご挨拶しました。
    きっとこれで万事うまくいくに違いないような気がした。

    そして、携帯ショップにたどり着き事情を話す。
    ショップスタッフも初めての症状のようで、どこかに電話かけて相談。

    どうやら三本指トリプルタップで直ったみたいです。


    VoiceOver
    iPhoneを使うためにiPhoneを見る必要はありません。
    「VoiceOverは画期的な画面読み上げ機能です。
    iPhoneの画面が見えなくても、今そこで起きていることがわかるようになります。画面に触れると、今指の下にあるものを音声で聞けるので、そこからジェスチャーであらゆる内蔵アプリケーションに移動して操作することができます。」

    →アップルのサイト アクセシビリティ



    どうやら朝出る前に充電してて、出掛けにあわてて変なタッチしてしまったのでしょう。
    記憶にないけど。
    当分、とても使いこなせない。

    やっとスマホが元の状態に戻りほっとして、志摩方面へ。


    伊雑宮と佐美長神社に参拝して、的矢湾の船着場へ




    やれやれ ┐(-。ー;)┌




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    古くから遥宮(とおのみや)として信仰を集める皇大神宮別宮の筆頭「瀧原宮」参道にあります。
    この杉の巨木だけ、なぜかねじれてます。



    伊勢志摩の旅二日目、帰路は曽爾高原のススキを見に行くために車で行きました。
    伊勢道の勢和多気ICから国道368で峠を越えれば御杖、そして曽爾高原。

    地図見てたら、途中あの瀧原宮近いとこ通るの発見。
    前から行きたかったとこやねん、
    と同行者に了解求めたら、なんと彼女名前は知らんけど、行ったことあるというのです。

    2013年遷宮の年、近鉄はいろんなキャンペーンしてて、そのひとつに格安で別宮参拝があったそうです。
    宇治山田駅からバスで一時間ほどかかるけど、夕方までに間に合うと一人でバスに乗ったそうだ。
    ものすごく静謐な森林の中のお宮さんで気に入ったのに、お宮さんの名前はすっかり失念してたそうだ。
    あそこならまた行きたいと、即決定。

    朝10時に渡鹿野島のホテルから渡し船に乗って、瀧原宮に着いたのはすでに11:40








    彼女が参拝したのは3年前だから、その場に立つといろいろ思い出す。



    この川で禊するねんでと教えてくれた。
    宮川の水はとても清く澄んでました。

    ちゃんと参拝済ませて、瀧原宮と瀧原竝宮は次回に。
    また最初のねじれ杉の木に戻ります。





    ねじれすぎて、何メートルかごとに横に割れた筋が残ってます。
    中央構造線のライン上にあってゼロ磁場としても有名なんだそうです。
    きっとこれと関係あるんちゃう?とスマホのコンパスを見る。
    方位針がぐるぐる回るのかと思ったらそうでもなかった。
    その周りに比べて北を指すのが少しずれてるように思えた。
    北がずれてるから木がねじれる?


    あともう一本、ねじれた杉の木は、瀧原宮と瀧原竝宮の「二つのお宮さんの間に立ってます。





    長野県伊那市の分杭峠はゼロ磁場として超有名です。
    今年春には天川弁才天の橋の上もゼロ磁場地点と聞きました。
    ゼロ磁場ってどういうこと?

    膨大なパワー(気)が体内へ注入されたかどうかはわからなかった^^
    ただ、とても気持ちのよい場所で、また機会作って参拝したいです。


    瀧原宮と瀧原竝宮、若宮神社、長由介神社は次回に

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    不思議なねじれ杉巨木@瀧原宮 の続きです。
    川で禊して参拝するにも順番があります。



    正式な参拝の順番
    0:「御手洗場」か、瀧原宮の境内に流れる「頓戸(とんど)川」で手(口)を清めます。
    1:瀧原宮
    2:瀧原並宮
    3:若宮神社
    4:長由介神社(川島神社)



    瀧原宮(たきはらのみや)
    主祭神:天照大御神の御魂「和魂(にぎみたま)」


    瀧原並宮(たきはらならびのみや)
    主祭神:天照大御神の御魂「荒魂(あらみたま)」

    「瀧原宮(和魂)」と「瀧原竝宮(荒魂)」2つの社で、「天照大御神の御魂」を祀られています。
    内宮の雛形であったとも云われ「大神の遥宮(おおかみの とおのみや)」と呼ばれます。

    神宮のサイトによれば


    「瀧原宮、瀧原並宮とも天照大御神の御魂をお祀りし、古くから「遙宮」として崇敬を集めています。
    瀧原宮は二つの別宮が並立しており、また御船倉を有するなど他の別宮と異なる点が多々あります。
    神域内の樹齢数百年を越える杉の木立に囲まれた参道と谷水の流れを利用した御手洗場は内宮を連想させ、神代の昔に誘います。
    お参りは瀧原宮、瀧原並宮の順にされるのが一般的です。」

    御船代(みふなしろ)ってこんなんらしいです。



    由緒と沿革
    「瀧原宮、瀧原並宮のご鎮座の由緒は大変古く、『倭姫命世記』によると約2000年前まで遡ります。第11代垂仁天皇の皇女倭姫命が、御杖代として天照大御神を奉戴して、ご鎮座の地を求めて、宮川下流の磯宮をお発ちになり、上流の方にお進みになると、「大河の瀧原の国」という美しい土地があり、この地に二宇の宮殿を造立されたのが起源とされます。
    このとき、宮川の急流に困られたご一行を真奈胡神がお出迎えをしてお渡ししたため、倭姫命はその場所に真奈胡神をまつる御瀬社をお定めになりました。これが今の皇大神宮摂社多岐原神社です。瀧原宮の下流約6km、大宮町三瀬川の宮川のほとりに鎮座されています。そこには近年まで熊野街道の「三瀬の渡し」がありました。」

    太字はこのブログ管理人が行いました。
    宮川下流の磯宮って、宮川を下れば外宮。
    磯宮に注目すれば伊雑宮のことなんでしょうか?


    真奈胡神ってどなた?



    若宮神社



    若宮神社は、瀧原宮の東、石段を上がった場所に立つ所管社。
    ご祭神は詳らかではなく、天水分神(あめのみくまりのかみ)との伝説が残ります。



    南向きに鎮座し、社殿の左手に御船倉(みふなくら)が並ぶのに、画像に残ってませんでした。
    なぜかあえてその建物を外して撮影してました。

    御船倉は倭姫命が使用した御船が納められているとされます。


    若宮神社へあがる階段右手に長由介神社(川島神社)
    由緒は古いとされていますが、詳細は不明。



    私たちは、階段上がった一番高いところにある若宮神社がとても気になりました。

    若宮ってどなた?
    天水分神との伝説も残されるそうですが、さらに別名があり、古来では「天若宮」とも呼ばれていたそうです。

    長由介神社(川島神社)も含め、真奈胡神に関係あるのでしょうか?
    真奈胡神を祀る御瀬社は、瀧原宮の下流約6kmに鎮座する多岐原神社と書いてありますが。


    真奈胡神でググってみると、
    真奈胡神とはいかなる存在か。
    ここに興味深いことが書かれてありました。

    >真奈胡神は海中に居て白色と関係あるとすれば、思い浮かぶのは神功皇后の三韓征伐の伝説に登場する「安曇の磯良」だ。…
    真奈胡神の存在は、伊勢神宮の祭祀の成立を検証する手掛かりになる筈だ。


    若宮(神社)わかみや とは
    日本大百科全書(ニッポニカ)の解説によれば、
    「基本的には本宮の摂・末社として主祭神の御子(みこ)を神に祀る社をいうが、ときに本宮に対してその主神の分霊を勧請(かんじょう)した社を若宮といい、また非業の死を遂げた怨霊(おんりょう)を慰め鎮めるために祀った社を若宮と称する例も少なくない。」

    瀧原宮
    三重県度会郡大紀町872


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    瀧原宮を参拝して近くで蕎麦食べたら、紀勢自動車道大宮大台ICが横にあった。
    伊勢自動車道との合流点 勢和多気ICまで一区間のる。
    そこで降りて国道368号線、かつての伊勢本街道で峠越えて奈良県に入る。

    仁柿峠の手前ででっかいオブジェ目にとまる。
    急いでスマホで撮影したけど通過中の車中からなのでいいショット無し。

    三重県松阪 わら いのしし で検索するといっぱい出てきます。


    この後、細いクネクネ道が続きめっちゃ怖い道でした。
    連れが山道ドライブ好きだと運転してくれて助かりました。







    昔、わらの犬という映画見ました。
    ダスティンホフマン主演だったと思います。
    印象に残る映画でしたが、当時はなんでこのタイトルなのか考えもしなかった。

    この年になって、わらのイノシシ見て突然思い出した。


    わらの犬とは、老子の言葉でした。

    天地は仁ならず、
    万物を以て芻狗(すうく)と為す。
    聖人は仁ならず、
    百姓を以て芻狗と為す。
      第5章 前段 (天地には仁愛なし)

    「天地は仁ならず」
    天地は無為自然であり、仁愛などは無いということ。無為自然には感情の入り込む余地はない、天地は非情である。

    「芻狗」 
    祭り用として草で編んだ犬。祭りがすめば藁くずとして棄てられ、愛惜の気持ちはない。

    「聖人は仁ならず」 
    儒家の聖人観や仁徳を否定し、天地と同じく非情なものだということ。



    天地自然のはたらきは、慈愛に満ちた仁の徳を行なっているように見えるが、実はそれをこえた非情な自然無心なはたらきである。
    天地にとっての万物、聖人にとっての人民も、祭りの時だけ用いられる草で編んだ犬のように、一時的に存在するもの過ぎないと述べている。



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    撮影したのは11/10 午後3:30から4時頃

    見頃逃したくなくて、伊勢志摩の帰りに寄りましたが、ちょっと遅かったようです。
    曇ってたから、夕日に輝くススキは見れなかった。
    でも天気予報は午後から雨がギリもってくれて助かりました。

    2016年の見頃・開花状況
    ・9月23日、穂が茶色に変わり始めています。
    ・10月9日、見頃は近かそう。穂がとてもキレイです。
    ・10月13日、見頃になりました!金色や銀色キレイに輝きます。
    ・10月24日、見頃継続中。銀色の穂がとても綺麗です!
    ・11月8日、見頃継続中。まだキレイ!

    お亀池の周り900m程の歩道に設置された灯篭は11/23まで灯されるそうです。
    11/10は急に気温下がった時で寒くて、灯りともるまで待ってられなかった。

    向かった先は、これも楽しみの一つだった、お亀の湯






    ここの湯は人気なのがよくわかりました。
    また行きたいけど、ちょっと遠いな。

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    裏には名前と9月終わりに上京した日付9/29の刻印入ってます。
    10月には大阪更生保護大会で表彰してもらった法務大臣表彰。
    表彰状と記念品の他にメダルがあって、思ってたよりたいそうなものでした。

    来月には地元保護司会の祝賀会がありますので、着物着ていこうと特訓中。



    YouTubeのおかげで袋帯結べるようになった(^-^)v
    次からは訪問着きて結ぶ稽古します。

    それにしても長年、なんと30年は箪笥で収納するのに畳んだ折跡、ちょうどお太鼓の中ほどに出てくる。
    当日までにとれるかな…
    いい方法ないでしょうか。




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    お隣さんのオリーブの木に実が二つ完熟してました。




    あまりに小さ過ぎてわかりづらいでしょうが、小鳥が群れなして旋回してます。
    いつも出勤時間帯に、朝日を浴びて角度によって羽が白く輝き綺麗だなと見惚れています。
    旋回スピードが速すぎてなかなか撮影できないでいます。
    昨朝はなぜかいつもより20mほど低い空を旋回してました。


    二十四節気 小雪(しょうせつ)
    太陽黄径240度。立冬から数えて15日目頃。 

    「北国から雪の便りが届く頃ですが、まだ本格的な冬の訪れではありません。雪といってもさほど多くないことから、小雪といわれたもの」


    昨日、ホンマに暦通りに関東各地で雪だったのですね。
    東京都心では、気象観測を始めた1875年以来初めて11月に積雪が確認されました。


    11月22日頃・虹蔵不見(にじかくれてみえず)
    11月27日頃・朔風払葉(きたかぜこのはをはらう)
    12月2日頃・橘始黄(たちばなはじめてきばむ)


    日本列島にも寒波がやってきましたが、北半球全域にこの 11月としては異常な寒さが及んでいるそうです。
    今冬の寒さはいかがなものか、この先が思いやられます。



    寒さのほかにも心配なことありますね。





    Hi-net自動処理震源マップ



    日本列島断層”と大地震の関係2016年5月22日より引用

    「兵庫県南部地震のあとに東日本大地震が起きました(赤矢印)そして熊本地震のあとは図の赤矢印の方向での大地震が推定されます。黄色の矢印は太平洋プレートの移動方向です」

    相模湾ってものすごく深いのですね。





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    またまたスマホ変になりました、
    けど2回目なのでテンパらず元に戻せたV(^_^)V

    夜中寝床の中で、今何時かなと手を伸ばしスマホ取り寄せた途端に、またも音声対応のバージョンに勝手になってました。
    確か指3本タップ3回やと何度か試しても元に戻らない。
    ホームボタン長押しでSiriに、「ボイスなんちゃらをやめて」と呼びかけると、「わかりません」と答えが返る。
    コンピューターは正しい指令送らんと、だいたいこんな感じと空気よんでくれへんね。

    こうなると完全に目が覚めた。
    iPad で自分のブログのあの記事で、VoiceOver というアクセシビリティだと確認し、Siriに再度呼びかけた。

    ボイスオーバーやめて!
    そしたら、「VoiceOver をオフにしました」と答えてすぐにいつもの画面に戻った。

    AI スゴイわ。

    HAL9000思い出した。



    コンピュータHAL 9000が、デイジー・ベルの一部を歌うシーンがあります。
    1968年のSF映画・小説『2001年宇宙の旅』
    機能を喪失し狂っていくようなHAL9000が怖かった。


    コンピューターが最初に歌った歌「デイジーベル」

    First computer to sing - Daisy Bell



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