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不思議だなと思う心間違い探しが苦にならないこれがものの鑑定に役立ちます

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    お伊勢参りウォーキングの2回目に参加してきました。

    花園ラグビー場から2.5km歩くと、枚岡神社(河内の国一の宮)

    揚巻結びが飾られている珍しいしめ縄


    枚岡神社では、狛犬ならぬ鹿、元春日たるゆえんです。
    なでなでして旅の安全の祈るよう立て札ありました。

    梅林はまだチラホラ咲き、雪がチラチラ舞ってます。


    海抜はすでにかなり高く、あべのハルカスなどよく見えました。

    10時55分再出発


    2回目はバス5台で計191名の参加者だったようです。
    今回はAさんと一緒に参加し、
    1回目で知り合いになったNさんも梅田から乗車です。


    暗峠道はほぼ国道308号線ですが、細い道で勾配がきつい。
    標識は完備してます。





    前回の反省から、トレッキングシューズを履き、膝にはサポーターを装着していきました。
    雪が舞うほど寒くて冷たかったのに、体は熱い。
    着ている服をどんどん脱いで歩きました。





    やっと府民の森なるかわ園地についてお弁当を広げました。
    止まると超寒くて、手がかじかんで画像ありません。

    昼食後12時40分出発。
    やっと暗峠に到着。
    大阪府と奈良県の県境です。






    自転車は無謀だと思う。






    今日の行程の終点は南生駒で、約10kmで約2万歩は歩きました。
    標高差が500mあったのでしんどかった。
    けど、気温低かったのが幸いで歩くにはちょうどよかった。

    来月の3回目は、本日の終点・南生駒がスタート。
    追分本陣、垂仁天皇陵、猿沢池より奈良公園が終点となります。
    お天気に恵まれますように…。

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    昨日、枚岡神社の梅林で撮影された紅梅の画像、Nさんが送ってくださいました。
    一輪の紅梅からは梅の匂いまで漂ってきそうです。

    たぶん、緋梅(ひばい)という名前だと思います。
    一重で早咲きの紅梅の一種という看板ぶら下がってました。


    東風吹かば匂いおこせよ梅の花…

    梅は「春告草」という異名をもち、東風を待って咲くので「風待草」とも呼ばれます。



    積もった雪がまだらに消え残っている情景を「班雪/はだれ」といいます。
    この画像もNさん撮影です。

    今まで積もっていた雪がいつしか雨に変わる頃「雨水」
    春はもうそこまできてますね。


    この棚田の同じ場所を撮影した私の画像は
    手前の池の、鴨と鯉が気になって




    ちょっと心配してたのですが、鴨は鯉を食べないそうです。

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    昨夜は守口駅前のアゴーラHで交流会の宴席ありました。
    二ヶ月ぶりの利用でしたが、料理美味しくなってました。



    昨夏、香港系ホテルにかわり9月15日にパーティあった時、
    ゲッ(*_*)目が点になったレポートしました。
    そのときの様子は→アゴーラ・ホスピタリティ

    あれから何ヶ月かでここまで改善されて、これも驚きでした。


    日曜夜は中之島リーガロイヤルホテルで祝宴参列しました。
    二夜続きの宴席だったので、感じたことを記録残しておきます。


    関学の応援団リーダーのエールとチェアガールのダンス。
    部屋の天井とあいまってとても華やかでした。
    学生時代同じく応援団で、よく関学行って一緒に練習したので懐かしかった。


    褒章を受けられた木村氏が学生時代から仲よくされている
    台湾料理家オーナーシェフ程さんの軽音バンドの演奏と歌。
    懐かしの映画音楽聴けてオシャレな宴席でした。


    しかし、料理はう〜ん。
    画像ありませんが、最後の肉料理は薄いポーク?
    上にのせられたおろし生姜の塊は、生生姜ではなくてチューブのような味がした…。


    リーガロイヤルは、京阪中之島線が延伸してとても便利になりました。
    昔なら淀屋橋などからリムジンバス利用するか、車でないと歩ける距離ではありませんでした。

    しかしかつてのロイヤルホテルは大阪で一番のホテル。
    高校時代、はじめてフルコースを食べたホテルでもありました。
    若い頃は最上階のラウンジにも何度か連れて行ってもらいましたが
    自分で支払ったことないので金額は?ですが、きっとお高かったことでしょう。

    ココ30年の間に、東京系のホテルもどんどん増えて、もちろん外資系も。
    トップの座をリッツカールトンなどに譲り渡したリーガロイヤルホテル。

    それでも昔人間にはいいホテルだという認識おありでしょう、きっと。

    守口のホテルなら200人以上の大宴会は収容できないので、
    大人数の時はリーガロイヤルとかを利用されることがよくあります。

    観光地の大型旅館の大宴会場が賑わなくなって久しい。
    それと似た印象を持ちました。

    香港系ホテルが日本のホテル業界に入り込んで素早く対応を変えていく。
    こうした中で老舗ホテル、いろいろがんばらんとあきませんね。

    日本のグローバリーぜーションの問題点をここでも感じたのだった。

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    昨日は、保護司会と協力雇用主会との共催で奈良少年刑務所へ見学に行きました。

    午前中は奈良公園付近を散策。
    柿の葉寿司のランチ食べて、午後2時から奈良少年刑務所。



    画像整理して、今晩からレポート開始しますのでまたご覧下さい。

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    9時40分、奈良県営大仏前駐車場に到着。
    大型バスを駐車するには事前予約が必要です。
    電話なら2500円のところネット予約だと2000円と500円も安くなります。

    ここのトイレ入口には格子になった引き戸があり、
    鹿が入るので必ず閉めてくださいと貼紙ありました。


    昼食は夢風ひろば入口にある柿の葉寿司「ゐざさ東大寺店」で11時半から。
     

    それまで約1時間半が自由散策時間です。

    行く場所は決めてあります。
    まず興福寺の南円堂で西国33箇所の朱印をもらう。
    続いて、戒壇堂から二月堂へと、けっこうハードな予定です。
    大勢で歩いていたら間にあわないので単独行動しました。

    興福寺の国宝館へ阿修羅像に逢いに行かれる方々とお別れし、
    大急ぎで南円堂へ。


    春の日は 南円堂に かがやきて 三笠の山に 晴るるうす雲

    この日の奈良は前日ほどの雪は降りませんでしたが
    風はあるし底冷えするし寒い冬日でした。


    東金堂と五重塔の後ろに三笠山が見えます。


    ボランティアガイドさんに二月堂行きたいんですけどと道を尋ねると
    県庁横の369号線最初の信号を右に入るといいと教えてくださった。




    信号を右に折れると
    つきあたりに吉城園(よしきえん)と北隣に依水園(いすいえん)




    依水園は入場料650円が必要だし時間ないのでパス。
    一応調べてみました。
    古くは興福寺の子院摩尼珠院(まにしゅいん)があった所
    鎌倉時代頃から吉城川の水門が在った水門町
    江戸時代1670年代から吉城川で名産の奈良晒(さらし)が晒され、
    それを業としていた清須美(きよすみ)さんの別邸です。
    「南大門」や「若草山」を借景にして造られた庭園が依水園の前園。
    後園は明治時代に関藤次郎により作られました。
    園内に併設された寧楽(なら)美術館では東洋の古美術品を収蔵・展示しています。



      JR東海の「うましうるわし奈良」のサイトより拝借 赤のラインは私が歩いたコースではありません

    依水園から閑静な住宅が並ぶ道を行くと、東大寺に入ります。
    趣きある戒壇堂の階段が見えます。




    ついうっかり入場してしまって、拝観料500円支払ったけど…。

    堂内の多宝塔には靴を脱いであがります。
    中央に多宝如来と釈迦如来が並び、
    廻りを天平塑像高さ約1.6mの四天王(持国、増長、廣目、多聞)が護っています。

    日本で初めて建てられた正式な僧侶が誕生する場所。
    時間がなくて、天平の名作・四天王像に囲まれた仏の世界に浸ってる余裕はなかった。


    (JR東海の「うましうるわし奈良」のサイトよりもらってきました)

    戒壇堂
    754年聖武上皇は光明皇太后らとともに唐から渡来した鑑真から戒を授かり、
    翌年、日本初の正式な授戒の場として戒壇院を建立した。
    戒壇堂・講堂・僧坊・廻廊などを備えていたが、
    江戸時代までに3度火災で焼失、戒壇堂と千手堂だけが復興された。
    平成25年1月に堂内照明装置を全てLED化。
    消費電力は8分の1、熱と紫外線も殆んど出なくなりました。
    お願い:堂内での撮影・スケッチ・懐中電灯の使用はご遠慮下さい。


    ココですでに10時半。





    二月堂へ急がなくっちゃあ〜  続く


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  • 02/22/13--15:53: 酢豚とパイナップル

  • 混ざってるのではないパイナップル
    できあがった酢豚の熱々と自分で混ぜる。
    飾り付けも斬新で、味も美味しい(^-^)/

    西三荘高架下に去年秋頃オープンした
    創作中華ふう、どれも工夫されてて美味しいです。

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    今日の夕刊に「花ごしらえ」の記事が載ってました。
    「東大寺二月堂の修二会を前に戒壇院の別火坊で、
    11人の練行衆が、二月堂の須弥壇を飾るツバキの造花を手作りした」

    新聞画像ではよくわからなかったので調べてみました。

    長さ5センチほどのタラの木に黄色の紙を貼って芯を作り、
    紅色と白の仙花紙で花びらを仕上げ、桶に詰めて約400個も!
    ツバキには魔よけの呪力があるとされ
    27日にツバキの生木に付けて花を咲かせ、来月1日の本行までに二月堂に運ばれます。
    こんな風に→




    なら散策日記さんのブログで詳しく説明されてます。


    お水取りが終わるまで春はやってこない、と言われます。

    水取りや 籠もりの僧の 沓(くつ)の音
    という芭蕉の句も有名です。

    そのお水取りの行が行なわれる東大寺の二月堂を見てきました。
    訪れた2月20日は、スケジュールによれば「練行衆 試別火入り」

    練行衆(れんぎょうしゅう)とは修二会に参加する僧侶のことで
    11名指名され、3月1日から14日まで続く日夜の厳しい行を勤めます。
    その本行の準備期間として、戒壇院に練行衆全員が宿まりこみます。

    修二会見学初心者ゆえ、戒壇院へ行けばその姿がチラッとでも見られるのかと思ってたのだった。
    しかし、ひっそり静まった戒壇院。
    限りある自由時間、そそくさと後にして急いで二月堂へ向かいました。

    わずか30分にも満たない滞在時間でしかなかった。
    しかし2年前にも記事にしたとおり、とても深い法会ですので2回に分けてエントリー予定です。























    2011-05-21 東大寺修二会の青衣女人


    「修二会」は、奈良時代から1250年以上もの間続けられている荘厳な法会です。
    代表的な行の一部の名をとって「お水取り」「お松明」とも呼ばれます。

    練行衆が開山堂にお籠もりして御身を清められ、
    本行に至り、世の中の人々が背負う苦悩を一身に申し受け、抜苦する難行苦行です。
    同時に国家安泰を祈願なされます。
    十一面観音に過ちを懺悔し人々の幸せを祈るので、正しくは十一面悔過(じゅういちめんけか)という。

    二月堂のご本尊である十一面観音世音菩薩は2体おられますが絶対秘仏です。

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    よく見かける二月堂を右下から見上げた写真。
    同じアングルから撮影しました。

    修二会の準備真っ只中で、舞台下の斜面に、
    杉がすっくと姿よく立ち、その横に小さな祠に気づきました。
    ちょっと挨拶していきなさいよ、と呼び止められたような気がした。



    作業されてる方にお参りしていいかお尋ねして
    鳥居前に立ってみると、左横に説明板がありました。




    興成神社(こうじょうじんじゃ)

    「修二会行法を守護する三社(興成・飯道・遠敷)のひとつで、
    遠敷明神が若狭より送水された折、黒白二羽の鵜が岩盤を打ち破って飛び出て、
    その後から甘泉湧出したのが若狭井(わかさい)で、鵜を祭ったのがこの興成神社である。
    平安時代には、「能く不死薬を取りて人に与え食せしめ、長生の齢を保たしむ」という誓願を持つ菩薩として信仰されていた。
    平安期には既に現在地に鎮座していたと想像される。
    八大菩薩として現存しているのは当社だけである。」

    なんかいわくありげな名前の付いた神社だと思え
    帰ってから調べてみると

    2010年3月3日 奈良新聞
    には

    二月堂の周辺には三つの鎮守が祭られている。
    本行が始まった1日と満行の15日未明、練行衆はこれらの社(やしろ)を巡拝する。
    「惣神所(そうのじんじょ)」と呼ばれ、行の起結を報告。神仏習合の姿を今に伝える。
    1日午後5時ごろ、二月堂から現れた練行衆の表情は固く引き結ばれていた。
    小雨のため食堂(じきどう)脇から二月堂下の興成(こうじょう)社を参拝、行中の加護を祈った。
    このあと、飯道(いいみち)、遠敷(おにゅう)の2社にも参拝した。
    身をかがめて一心に祈る姿に緊張感が漂い、参拝者も息を詰めて見守った。


    引き続き、惣神所で検索すると
    ブログ「奈良大和路〜悠〜遊〜」ですごい写真見せてもらえました。
    無断で拝借してきましたので、気持ちばかり小さいサイズでご紹介。
    (クリックで拡大します)

      

    興成神社のご祭神は、豊玉媛命、山幸彦の后です。

    修二会では、経を唱える十一面悔過の他に、神名帳(じんみょうちょう)と過去帳の奉読があります。
    神名帳には日本全国60余州に鎮坐する490ケ所の明神と14000余ケ所の神々の名が書かれてあります。
    それを読み上げて修二会に参詣せよと神々を勧請されます。

    神名帳には興成大菩薩と記され、コージョーダイボサと読まれます。
    巻頭部分の興文・興成・興松・興明・興児・興叙・興進・興?の
    「興」のつく八社は八大菩薩と呼ばれましたが、現在はこの興成だけが残っているのですね。

    甘泉湧出した若狭井は、



    大きな杉の木は、良弁杉と呼ばれ、伝承が残っています。
    「奈良時代の東大寺の高僧・良弁僧正は、二歳の時に鷲に攫われ春日神社前の杉の木に置かれていたのを助けられ義淵僧正に育てられた。その杉を良弁杉と呼ぶようになった」
    この伝説を下敷きにした歌舞伎「良弁杉由来」→こちらでどうぞ

    歌舞伎では、近江の国の志賀の里の領主は菅原道真の家臣で、その子供が良弁という設定です。
    しかし、東大寺創建は8世紀半ば、道真は9世紀後半の人で時代があいません。
    さらに良弁僧正は実は若狭の国小浜の秦氏の出身で、秦常満という長者の子供です。

    神童の呼び声が高かったため、神宮寺の開祖である和赤麿が大和へ連れて行き、
    当時第一の名僧であった法相宗の義淵僧正(?-728)に預け弟子にしてもらっったそうです。

    それで若狭からお水送りするということに繋がっていきます。


    そして、あと二つの鎮守社、訪れた時は全く知らなかったけれど、
    二月堂右側の階段を上がったところの、
    飯道神社(いいみちいんじゃ)は撮影してありました。



    けったいな名前の神社だと思ってシャッター押したのだった。

    鎮座地 奈良県奈良市雑司町
        (東大寺境内東大寺二月堂の南東に鎮座)
    ご祭神 軻具突智神(かぐつちのかみ)
        埴山媛命(はにやまひめのみこと)
        稚皇産霊神 (わくむすびのかみ)

    神名帳の二段目に記され、イイミチノダイメョウジンと読まれます。
    修二会を創始した実忠和尚の勧請と伝わる。
    甲賀郡信楽町の飯道山に同名の神社があり、信楽は聖武天皇が遷都し大仏造立を発願した場所でもあります。
    何らかの繋がりがあるのでしょう。

    最後の一社が、遠敷神社ですが、これは全く気づかず画像ありません。

    裏参道から二月堂について、左側の屋根つきの階段をのぼると
    上がった所に手水舎がありました。


    さらにその上に鎮座されてるようです。

    遠敷神社(おにゅうじんじゃ)
    ご祭神 彦火火出見命…山幸彦

    神名帳に小入大明神(オニウノと読む)とあり有名な説話が残ります。
    若狭の国の遠敷明神が漁に出ていて二月堂に遅参、
    詫びのしるしに若狭の水を献上する事になり二月堂下の大岩の前で一心不乱に祈られた。
    岩がパックリと割れて、割れ目から白と黒の二羽の鵜が飛び立ち、甘泉がこんこんと沸き出した。
    その水が湧き出た場所が二月堂下の若狭井と言われ、現在そこに閼伽井が掘られています。



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    月曜日午後、第四中学校の薬物乱用教室に参加してきました。
    300名ほどの生徒さんは、寒い中体育館床に腰を下ろしての受講です。

    途中、生徒会生徒によるロールプレイがありました。
    薬物をすすめられたときの断り方です。

    ?話題を変えて話をはぐらかす
    ?壊れたレコードみたいに同じ台詞を繰り返す
    ?3D作戦…だって〜 でも〜 どうして〜
    ?逃げる…ただし明るく、広く、人がいる賑やかな方へ

    どう断るかの4つの方法なんて、どんなシチュエーションでも使えそうですね。


    守口市内の中学校では、「薬物乱用防止教室」は保護司会とロータリークラブの共催です。

    始まる前の校長室で


    ロータリークラブ会長さんのご挨拶


    保護司会担当メンバーの講義




    夜回り先生として有名な水谷氏が20年ほど前に作られたというDVDも放映されました。
    かなり年数経過してるにもかかわらず、内容が全く古くない。


    事前アンケートを実施されていたのを一部紹介します。

    ?あなたは次の薬物の名前を知っていますか?(複数回答可)
    203 有機溶剤 シンナー トルエン
    226 覚せい剤 スピード エス
    249 大麻 マリファナ ハッシッシ
    77  MDMA
    176 コカイン
    140 アヘン
    20  LSD
    102 脱法ドラッグ ラッシュ SMEO
    242 脱法ハーブ
    16  全て知りません


    ?あなたは覚せい剤などの薬物についてどのような印象をもっていますか?(複数回答可)
    0   かっこいい
    68  気持ちよくなる
    2   ダイエットに効果がある
    1  眠気覚ましに効果がある
    1  1回使うくらいであれば心や体に害はない
    220 心や体に害がある
    166 犯罪にまきこまれる
    210 使ったり持っていることは悪いことだ
    223 1回使うとやめられない
    25  特に何も思わない


    ?あなたは覚せい剤などの薬物を使う人が増えているのはどんな理由からだと思いますか?(複数回答可)
    179 薬物が簡単に手に入る
    32  本や雑誌に薬物を使ってみたいと思わせるような情報が載っている
    68  社会のルールを守ろうとする意識が薄れている
    53  薬物の害について学ぶことが少ない
    145 友達 仲間 先輩 後輩に勧められる
    54  学校 家庭がおもしろくない
    56  わからない


    ?あなたは覚せい剤などの薬物を使うことについてどのようにかんがえますか? あなたの考え方にあてはまるもの1つだけにマークしてください
    274 どのような理由であれ、絶対につかうべきではないし、許されることではない
    20  他人に迷惑をかけていないので、使うかどうかは個人の自由である


    1時間の講習を受けて、意識はどう変わったのでしょう。
    事後調査も分かり次第またお知らせしたいと思います。

    0 0



    今朝、イオ光の機器撮影してたら
    やっぱりもぐちゃん偵察にきた。



    先程、NTTの光に変える工事完了。
    四台もあったのがわずか一台に、
    これに惹かれて変えました。
    今はまだイオの機器完全撤去できてませんけどね。
    スマホWi-fiがずいぶん早くなりました(^-^)/

    0 0
  • 03/01/13--00:19: 運慶と快慶
  • 今日のニュースで、運慶と快慶の仏像が国宝に指定されると知りました。
    先週、東大寺の南大門で金剛力士像を撮影してきました。
    すでに国宝指定されてる、8メートルを越える大きな像で迫力ありました。

    しかし
    風雨にさらされているため埃っぽいし、
    おまけに金網で囲われていて写真ではその迫力伝わらない。






    ネット検索でしっかり見える画像もらってきました。





    実に力強い。

    フェノロサは「日本人にとって運慶と湛慶は、欧米におけるミケランジェロに似た存在である」といいました。

    この金剛力士像は1203年の作品です。

    「いいくにつくろう鎌倉幕府」と覚えた歴史年号1192年。
    今ではほとんどの歴史教科書が1185年となってるそうです。
    壇ノ浦の戦いで平家を破った年、1185年は
    源頼朝が朝廷に日本全国への守護・地頭の設置を認めさせた年です。

    実質的な支配が頼朝に移り、平安の貴族趣味から離れます。
    武士の荒々しさを前面に出した作風は時代を反映したものでした。


    1988年に始まった大修理で像の作者が明らかになりました。
    吽形像の中から、大仏師定覚と湛慶、小仏師12人を記した経巻が見つかり、
    阿形像には大仏師運慶、快慶の名と小仏師13人である旨が記されていました。
    そしてすべての仕事を統括する大プロデューサーは運慶だったと専門家は推定しています。


    運慶の父は興福寺の仏師康慶で、運慶はその父の下で仏師教育を受け
    興福寺で“勾当(こうとう=下級の役職)”として仏師の活動をしていました。

    快慶も同じく、仏師康慶の弟子でした。
    当時、仏師をめざす者はこぞって京へのぼってました。
    しかし快慶は天平の仏像に強く惹かれていたことから奈良仏師の棟梁であった運慶の父康慶の弟子に。

    快慶は運慶ともども、南都で衝撃的な事件に巻き込まれます。
    治承4年・1180年、平重衡の兵火により南都焼き討ち、壊滅的な被害を受けます。
    東大寺も興福寺も焼けてしまいます。
    そのときの兵火で焼け残ったのが、東大寺の八角燈籠、そして興福寺の阿修羅像です。



    頼朝やその幕僚たちは、源平盛衰の戦で亡くなった兵士たちの菩提を弔うために、多くの寺を建立・開山しました。
    なかに寺や檀家たちを慰めるため、あるいは世の平安を願うために仏像を安置。
    戦乱は収まったものの、まだまだ世の中は落ち着いていない時代でした。

    平家が滅び、興福寺の慶派仏師たちは鎌倉へ。
    そして、東大寺や興福寺など南都の大寺院の復興造仏事業にたずさわります。


    東大寺の南大門を守る金剛力士像は、わずか69日間で製作されたと聞くと驚く。
    当初は無理だと思われたその大きなプロジェクトに、
    十数人の仏師を集めて分業して製作し、最後に合体させる方法で仕上げられました。

    810年が過ぎた今も、金剛力士阿吽像は向き合い東大寺を固く護っています。

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  • 03/01/13--21:10: 釣鐘まんじゅう
  • 創業明治33年の老舗和菓子屋さん「総本家釣鐘屋」
    「きいたか こうたか」
    キャッチコピーが実に大阪らしい。
    聞いたか 買うたか という大阪弁です、念のため。


    明治33年(1900年)四天王寺に地元の有志から大梵鐘奉納され、世界最大の梵鐘だったようです。
    奉納された記念に形を模して発売されたのが「釣鐘まんじゅう」

    梵鐘は第二次世界大戦の際に供出されてしまい、現存していません。

    かすてら生地にあっさりこし餡が挟まれてしっとり優しい味わい。
    幼児体操教室に通うエソラとママが出かけた後、お留守番のゆうりはぺろっと一個完食しました。
    ものすごく気に入ってました。

    四天王寺でとある法要があり、そのお供えとしていただきました。


    どうやら釣鐘饅頭を製造販売しているのは、大阪で二社あるようです。

    「総本家 釣鐘屋」大阪府大阪市天王寺区大道1-5-2
    天王寺から四天王寺の参道にお店が一店舗のみ。
    四天王寺境内の休憩所でも購入可能ですが、他では販売してません。


    通天閣への入り口で何度か購入したことある釣鐘カステラ。
    こちらも美味しいけど、あんこは入っていません。
    釣鐘饅頭もあるようですが、ここでは一口カステラしか食べたことない。

    微妙にお店の名前違ってて、
    「総本家釣鐘屋本舗」 浪速区恵美須東1-7-11
    百貨店などに入っているのは、こちらのようです。


    0 0

    3月1日夜中に英文字だけのメール届きました。
    何か胡散臭かったので、開かずに調べてみるとスパムメールのようです。
    Skillpagesで検索したら、いっぱいヒットしました。

    Skillpages
    この単語が目に留まったらすぐに削除しましょう。

    「〜 has added you on SkillPages」という招待メール

    〜のところに友人の名前が英文字になってます。youをグループに付け加えると書かれてる。
    そんなメールの一文みたら、ついうっかり開いてしまうかもしれません。

    うっかりクリックすると、そのまま登録されてしまいます。
    登録されたら自分のアドレス帳に記載されている全てのアドレスに
    同じメールが一斉送信されるようです。


    0 0
  • 03/03/13--23:27: 一刀彫の立ち雛

  • 二寸ほどの小さなお雛様でもインバクトあります。
    40年近く前にいただきました。
    奈良の伝統工芸、一刀彫です。

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  • 03/04/13--15:21: 春に咲く黄色い花


  • 菜の花が植わった畑でみかけた、手前の黄色い花。
    名前は何でしょう?
    春って黄色の花、多いですよね。





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    ほんまに男前のギズモなんですが、
    実はおなか側の毛はオソロシイことなってます。
    毛玉だらけで、とてもブラシできる状態ではなくて、
    ハサミで切りとるのも怖いし、引っかかれるし (-"-;A ...

    これが春が来る時の最大の悩みです。

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  • 03/07/13--03:41: 見れども見れず


  • レンゲソウの新芽です。
    ふつうなら雑草かと見すごしてしまいそう。

    情報があるとないでは大違い。

    「心ここにあらざれば見れども見えず聞けども聞こえず」

    とあるブログで
    「視覚を真につかさどるのは 眼ではなく知識である」
    という一文を目にし、妙に納得しました。

    今まで知らずに見過ごしてきたものが多々あることを
    この年にして知りました。

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    開花期は冬12月-1月らしいけど、やっと3月9日、星型の花二つ開きました!

    金のなる木(学名:Crassula ovata)に花が咲くってうれしいよ♪

    ちなみに 花言葉は、一攫千金!!
    英語では dollar plant というらしい。
    葉が硬貨に似ているのが名前の由来だとか。

    和名 フチベニベンケイ(縁紅弁慶)
    園芸名 カゲツ(花月) などの呼び名がありますが、
    もっぱら カネノナルキ(金の成る木)という流通名で知られます。


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    「3月10日日曜 万博記念公園 梅まつり
    日本庭園 中央休憩所にて Zefiroはうたとハープの演奏を行います♪
    11時と14時の2回」
    Yoshie♪さんのブログで告知を見ました。


    最近街角のあちこちでこうしたミニコンサートを無料で楽しめる企画増えてます。
    昨日土曜日は近鉄あべのデパートのアート館でDIVAさんの歌声聞かせてもらおうと思ってました。
    が、急な用事が入り店を留守にできず行けませんでした。
    残念!!

    今日は日曜なので、是非行こうと、念のためネットで確認したら、

    3月10日(日)は、毎年恒例「ふれあいの日」無料デー!
    ・日本庭園
    ・自然文化園
    ・国立民族学博物館
    ・大阪日本民芸館(特別展を除く)、
    ・EXPO’70パビリオン
    以上の施設の入園・入館が無料になります。


    大阪で暮らしてても、万博公園行くのは久しぶりです。
    無料の機会に是非見たいものがあったので
    門真発10:13のモノレールに乗りました。



    万博記念公園駅から延伸した彩都線にも乗ったことなかったので、
    公園東口駅まで一駅余分に乗ってみました。
    昔はガンバの応援に競技場までずいぶん歩いたものです。
    しかし今はこの東口駅がすぐ前にできてます。

    今日はたまたまABC万博マラソン2013が9時に競技場スタートでした。



    日本庭園、実は今まで入園したことなかった。
    エキスポ70の時ももちろん、それ以降も日本庭園まで足を伸ばすチャンスなかった。
    若い頃は庭や木々をそれほど見たいとも思わなかったし。


    正門入ると目の前に中央休憩所があり、見事な日本庭園が広がっています。
    まるで島根の足立美術館みたいに立派で、ちょっとびっくり。
    ただしガラスに覆われているわけではありません。




    今日は春とはいえど、くもってましたし気温も下がってます。
    演者の方の楽譜が飛ばされるぐらい風も強い。
    ドレスの上にボレロを羽織られてますが、手がかじかむぐらい寒かった。

    しかしハープとフルートの調べは癒されました。
    弾き語りの歌声がまたすばらしく感動ものでした。



    ミニコンサートが終了後、向かった先は国立民族学博物館。
    万博が1970年で当時高校2年生でした。
    その後1977年にこの国立民族博物館が開館しました。
    文化人類学に興味があったので、数年間は友の会に入会してました。
    季刊民俗学や月刊みんぱくの本、今は処分しましたが長いこと家の本棚に並んでました。
    その頃、一度だけこの博物館を見学に来たことありました。
    それ以来、35年ぐらいの月日が流れてしまってた…。

    見学レポートはまた項を改めます。


    日本庭園は13:30から周遊ガイドがあるのをネットで見てました。
    ボランティアガイドさんの説明聞きながら散歩できて無料です。
    これは参加しないなんてもったいないと、
    運よく雨が小雨になったのでじっくり案内してもらえました。



    今年は寒かったので梅の開花が遅れちょうど見ごろでした。
    梅まつりは3月10日終了予定が20日まで延長されています。


    遠見の松、万博当時は一番高いところにあるので、
    万博会場のどこからでも見える松の木だったそうです。
    今は他の木も成長してあまり見えなくなったらしいけど。


    太陽の塔の後姿が見えます。
    日本庭園の池越しに、中央休憩所があり、そこではちょうど14時からのミニコンサートが実施中でした。
    かすかにハープの音色ときれいな歌声が聞こえました。


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    万博ふれあいデー3/10は無料で見学できました。
    普段は入場料420円、特別展示は別途
    年に数回無料の日があるようです。
    みんぱくフリーパス 年間3000円


    電子ガイドが無料で貸してもらえます。
    映像や音声で展示物の解説が聞けます。

    スマホ撮影の画像の中から印象に残ったものをいくつかご紹介します。

    オセアニア展示で


    モアイ像



    アメリカ大陸展示入口のとうもろこし


    アステカの石板暦、でっかい!


    トーテムポール、迫力あります


    メキシコの木彫り、カラフルで形もおもしろい


    たぶんペルーの土器製品


    ルーマニアのイースターの飾り卵
    去年行った時も土産物として売ってるの見ました。


    北ルーマニアの陽気な墓は有名です。


    ジンバブエって、かつて文明栄えてたんだ


    レストランで、ナシゴレン \980とちょと割高



    国立民族学博物館の初代館長さんは梅棹 忠夫氏(1920年6月13日 - 2010年7月3日)

    学生時代に「知的生産の技術」という本が岩波新書で出版されていて一世を風靡しました。
    文明の生態史観に興味をもちました。

    2011/7/ 2 J-cast News
    福島第一原発事故を暗示した梅棹忠夫の「暗黒のかなた」より一部抜粋
    (倫理学者・竹内整一)

    理性とは、人間の「はかる」(「計る」「量る」「諮る」「図る」「策る」)いとなみのことであり、
    英知とは、かならずしも「はかる」ことのできない価値や意味をも考え味わうことである。
    「はか‐ない」とは、「はかる」ことができない、「はかどる」ことだけではない、かけがえのないものを感受することができる感情でもある。

    「理性対英知」は二者択一の問題ではない。
    「はかる」ことを人間はやめることはできない。
    しかし、「はかなさ」の感受性によって、「はかる」ことのできない何ものかを考え味わうことができるのも人間である。



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