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不思議だなと思う心間違い探しが苦にならないこれがものの鑑定に役立ちます

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  • 01/22/13--11:07: 伊勢参宮本街道
  • サンケイ旅行社の「平成のお伊勢参りウォーキング」に参加して、
    一番驚いたのは、皆さんとても健脚だったことです。

    ネット検索で数年前の企画実施時に何台ものバス連ねてとあったので、
    大勢参加されるだろうとは予測してました。
    しかしあらためて今年第1回の参加人数が280名と聞くと、すごいの一言です。
    それがまた 皆さん、歩くの早い!

    途中で同行の友人がリタイアして、一人で黙々と歩いてはいたのですが、
    小気味よいリズムで歩かれるある男性のペースを参考にしました。

    集合して出発まで待っている時に、たまたま隣に居られた男性と諸々の情報交換してました。
    Nさんは、なんと姫路の向こうから朝早く来られたそうです。
    全部踏破するつもりですでに3回目まで申し込み入金済みだと話されてました。

    この方の歩きっぷりが同じリズムですばらしい。
    毎晩1時間ご近所ウォーキングで鍛えられてるようです。

    そのNさんが目に留まったのでペース目標に歩きました。
    昼食時の公園で写真撮られた中に写ってますと画像送信してくださいました。


    このウォーキングツアーの申し込み時に、要不要を聞かれた冊子です。
    1冊500円だったので申し込みました。

    伊勢参宮本街道・行程図
    発行 玉造稲荷神社 

    昼食時の画像の一番右端のベンチに座られた男性、
    この方は尼崎からの参加だそうです。
    お一人参加の中高年おっちゃんが多かったのでした。

    最初に購入できるこの行程図を入手するため参加されたそうです。
    あとは自分の都合のいい日、体調や健康状態を考慮し一人で歩く予定だと。
    今までにも、このようにして熊野古道や琵琶湖周遊を全部歩き通された話を伺いました。





    これだけの地図があれば一人でも歩けるとは思うのですが、
    暗峠は暗くて怖そうなので、みんなで渡れば怖くないと
    2回目ウォーキングを申し込むことにしました。

    第1回目は玉造稲荷神社で旅の安全を祈祷して出立し東大阪の松原宿まで。
    すぐ近くの花園ラグビー場が解散地で12km歩きました。
    2回目はバスで花園まで行き、そこから歩いて峠を越え奈良側生駒でバスに乗り帰着します。




    そういえば、ブログを始めるきっかけになった 
    草津の百姓さんは中山道を歩かれてましたわ。
    退職後脳梗塞を発症されリハビリ中だと思います。
    残念ながら今はブログ更新を中断されてます。

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    水揚げが間人(たいざ)になると
    35000円が、5万円以上になるらしい。
    一隻に数匹しかあがらない幻とも言えるかに。
    10年以上生きてる蟹の長老ですって。
    どんな味なんだろう。

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    香住には漁港が二つあるそうで、まず柴山港へ。
    バスツアーご一行様のカニのお土産の買いっぷりはすさまじかった。
    私は自分のおなかに入れて帰るので充分、見てただけ。

    柴山のゴールドタグついた立派なカニとかを見せてもらってた。


    かつては民宿経営だったしばやま荘の新しい別館「山水苑」


    カニの足は縦に包丁が入れてあるので、それを取ってしゃぶしゃぶすると
    カニのみがぱっと広がり、半生で美味しくいただけます。

    カニ刺し、焼いたの蒸したの、そしてしゃぶしゃぶとカニ鍋。
    甲羅焼きに天ぷら、おなかいっぱいになっても雑炊は別腹。
    カニやフグは肉と違って、満腹なってもムネヤケしないのがいいですね。

    やっぱり現地で食べるカニは一味違います。
    香住は丹後半島の間人よりお安いけど味は上々。
    大満足です。


    帰路、豊岡のこうのとり公園へ寄りました。
    三時半ごろになってたので、撒き餌の時間は終了してたので、
    コウノトリも満腹な様子でまったりくつろいでた。

    飛び立つ様を撮影できなかったので、珍しい郵便ポストをパチリ。

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  • 01/25/13--21:50: フォトスクール


  • 花火の撮影の仕方を教わって、それをスマホで記録しました。



    動きのあるもの、花火の軌跡などシャッター速度を遅くすることで撮影できます。



    これは動くジャズ奏者たちの人形です。
    コントラバスを弾く手が動いているのが微妙にわかるでしょうか。

    同じ角度から、ボケ・コントロールで撮影すると


    強調したいところに焦点を合わせ、それ以外はボケて写ります。
    焦点の合わせ方がイマイチだと ↓




    デジカメ本体で画像処理する仕方も教わりました。



    わずか10名の内2名欠席でわずか8人の受講者に3名のスタッフがおられて親切丁寧。
    しかし、今日教わったことを完全マスターは程遠い。
    ほんの一部でも使いこなせたらいいな。

    10-12時のフォトスクール終えて、
    すぐ近くの船場自由軒で日替わりランチ食べて帰りました。



    また近いうちにフォトスクール参加したいと思いました。
    そして次の帰りには自由軒のインデアンカレーを食べよう・・・。

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  • 01/26/13--18:40: 若狭姫神社の千年杉
  • 若狭の国一の宮・上社である若狭彦神社から遠敷川沿いに1kmほど下ると下社の若狭姫神社がありました。
    こちらの方が町の賑わいがありますが、とても気持ちのいい神社でした。
    両社ともに静謐でした。
    古代や中世には日本海に開けた表玄関であった小浜も、近代ではつい最近まではちょっと不便。
    それが幸いして、俗されていない清らかな空間を現代にそのまま残すことができたのでしょう。

    若狭姫神社は、元正天皇養老5年(721)2月10日、上社より分祀し若狭姫大神(豊玉姫命)とされました。
    現在、神事もほとんどは下社で行われていますが、室町以前の祭祀の中心は上社でした。

    それでは上社の記事同様、バーチャルお参りしていだきましょう。


    道路に沿って小川の清い流れがあり小さな橋を渡って境内に入ります。



    すぐ左手に上社と白石神社の遥拝所があります。



    両社共に、本殿・神門・随神門の3つが一直線に配置されています。
    上社祭神の若狭彦大神同様、降臨の姿は唐人のいでたちで、
    白馬に乗り、白雲に居て、白石の上への垂迹であったと伝わる。
    随身門には、それを象徴するがごとく眷属が八人づつ所狭しとつ詰め込まれていました。
    あとで知った情報なので画像残してません、残念。






    本殿を囲む瑞垣(透塀)内には千年杉で有名な神樹がそびえます。
    垣の左前に、千年杉を見上げる場所があります。
    上を見上げて、健康長寿・子孫繁栄を祈ります。

    境内左手にイチョウ大木があり乳が垂れたようになっていて乳神様というそうだ。
    乳の木と、横に建つ乳神様の社の画像もありません。

    さらに子種石と呼ばれる陰陽石、社殿を左側に曲がると御神井がありました。




    神紋は「宝珠に波」



    姫神社の祭神トヨタマヒメの妹タマヨリヒメを祀る中宮神社の由緒書き
    海(わた)の神の娘であるトヨタマヒメ、その妹であるタマヨリヒメ。
    タマヨリヒメは「乳母・安産の女神」です。
    ゆわたおび=斎海帯の意から安産祈念の岩田帯になったと。
    海(わた)はまた海(うみ)とよみ、産(うみ)に通じる、
    なるほど〜

    帰るとき、境内入口の鳥居は左手に「見返り鳥居」の説明版


    参拝を終え帰路につく時に、ここで振り返りこの千年杉に別れを告げます。





    若狭姫神社で調べていて、神奈備サイト
    で興味深いこと記載されてましたので、そのまま引用させてもらいます。

    両神は小浜市下根来(ねごり)の白石の里に降臨したと伝わり、白石神社が鎮座している。
    降臨地より少し下った清流の屈曲する深淵を鵜ノ瀬といい、東大寺二月堂の若狭井の水源とされるお水送り神事が行われている。
    謂われは、二月堂の修二会では神名帳を読んで諸神を勧請したが、当社の遠敷明神は漁を行っており、これに忙しく、はせ参じるのが遅れたと云う。
    遠敷明神はお詫びとして、二月堂十一面観音にお供の閼伽水を送ると約束したと云う。

    神々の参集での遅刻の話は、和歌山の日高の笑い祀りで有名な川辺町江川の丹生神社にも伝わっている。
    丹生津比女命が出雲へ旅立つ朝、寝すごしてしまい、あわてふためいて着物を木にひっかけて破り、土産を持って行くのを忘れたので、村人たちは大笑いしたという。
    他愛もない昔話だが、「ニュウ」の共通があり、面白い。
    東大寺の大仏建立には金が必要で、それを得る為には水銀に金を溶解して大仏に塗布し、熱で水銀を蒸発して金メッキを施すのであるが、その水銀が当地でとれたのかもしれない。
    小浜でなかっての若狭国には丹生郡があり、その一宮として遠敷明神と称えられたのかもしれない。

    白雲は白雲別神を思わせ、これは吉野首の祖で、井光神の父神の名であり、神武天皇説話の井氷鹿との関連も水銀の丹生を強く思わせる。
    丹生都比売神の流れも、江南からなのか、また半島からなのか、議論のある所ではあるが、小浜の秦氏や丹生氏の存在は、当神社とは無関係ではなさそうである。
    当社の社家は笠氏で、祖神は吉備津彦系統の鴨別命とされ、こんな所にも吉備国の影響が見られるのも興味深い。

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    もうすぐ花の咲きそうな蕾いっぱいの立派な金のなる木。
    金龍寺さんの母屋の玄関先で見ました。
    すご〜いと感心したら、この木の鉢分けした子供をもらいました。

    金のなる木は今までに2回枯らしてます。
    どうやら水のやりすぎで根腐れさせてしまったようです。
    今度こそお金に縁がでますように、
    心はかけてもあんまりお水やらんと捨て育てしてみます。

    なんで金のなる木 というんだろうと調べてみました。



    本来はカゲツ(花月)という名前
    新芽に五円玉を入れて茎の間に5円玉を挟むと木にお金がなってるように見える
    品種にもよるが5年以上経って大きくなると花が咲く




    お抹茶と若草という春らしい名前のお菓子もいただいて、
    さらにうれしいことに、津嶋女大神の御霊代(みたましろ)にお目にかかれました。
    2年前からお願いしてて、やっとその日がめぐってきました。

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    2年前にネット検索してて、金龍寺さんに津嶋女大神の御霊代が祀られていることを知りました。
    金龍寺の奥様とは近しくさせていただいてるので、拝ませてくださいとお願いしてました。
    なかなか伺うチャンスなく、あっという間に2年近くの年月が過ぎていた。

    今年になって守口の神社を全部挨拶廻ろうと決めて、
    残すところ、佐太天神社と津嶋部神社の2社となりました。
    昨日の日曜日に唐突にそのチャンスがめぐってきたのでした。



    金龍寺(曹洞宗)さんは、津嶋部神社に隣接していて
    今なお唯一残る津嶋部神社のかつての神宮寺の一つです。


    中央のお地蔵さんの周りに壊れた石仏がいっぱいの祠もあります。
    お寺近辺にころがっていたのを拾い集め祀られてるとお聞きしました。


    お庭にはおもしろい鬼瓦もありました。
    えべっさんです。
    木の向こうは大黒さんでした。

    最後に本堂の奥に案内してもらい、津嶋女大神にご対面。

    奥様は鍋の蓋みたいとおっしゃってましたが、
    確かに裏側に鍋の蓋の取っ手のように四角い棒木が横に打ちつけられています。

    どうやら、こういうのを懸仏(かけぼとけ)というらしい。

    円形の木版に銅の押出仏が貼られてます。
    中央の団扇と念珠を持つ女神像は弁財天とされています。
    この弁財天は津嶋女大神であり、
    玄界灘の沖の島に鎮座する女神、瀬戸内海の船舶を守る厳島の女神、市杵嶋姫(イチキシマヒメ)ともされました。

    手にとってはいませんが、裏側には墨書があるようです。
    「奉納大宮御神前、寛徳2年(1045)乙酉2月吉日、三井村中」

    お話では寝屋川の「ともろぎ」からココに流れ着いたという伝承があるとか。

    寝屋川市には、ともろぎ神社は二つあり、友呂岐と鞆呂岐、漢字も異なります。
    香里本通町にある友呂岐神社(ともろぎじんじゃ)のお弓神事は美井(三井)に残る伝統行事と書かれてました。
    ということは友呂岐神社から流れてきたのでしょうか。

    金龍寺さんの母屋の北と南では土壌が違うらしい。
    北側は砂地で南側は泥というか堅いそうだ。

    かって淀川は現在よりやや南を流れ、その中洲のような所が津島と呼ばれた。
    船着場であったことから津島江といわれ、神社と同名を憚って同音の対馬江に変えたといわれている。

    津嶋部神社は、津島朝臣・津島直の一族が祖神を奉斎して創祀したといわれています。
    津嶋氏は対馬を根拠地としながら、大阪湾に通じる河内湖の北の出口付近に居留地を設けたのでしょう。
    5世紀には、その居留地に対馬を通じて多くの渡来民が訪れ、草香江の農地整備事業や茨田堤(まんだのつつみ)の建設事業に携わったようです。

    神宮寺として金龍寺、豊蔵寺、大竜寺あったのが、現在金龍寺さんだけが残っています。

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    具はトマトとタァツァイだけ。
    発売後超人気ですが、やっと食べてみた。
    ホンマに美味しいわ(^_−)−☆




    マルちゃん正麺の袋右は、ビオレのジェル化粧水。
    これも保湿ばっちりで、なにより安い!

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    津嶋女大神に逢いに行った日、佐太神社にも参詣しました。
    境内摂社の戎社で、裏に廻ってもお参り下さいという案内がありました。
    今宮戎では裏に廻りドラを叩きますが、こちらは木槌が設置されてました。

    佐太神社について書く前に、津嶋部神社からレポートしておきます。
    先の記事で金龍寺さんの津嶋女大神(つしまめのおおかみ)について書きました。
    金龍寺さんは今なお残る神宮寺の一つで、津嶋部神社に隣接しています。



    津嶋部(つしまべ)神社
    大阪府守口市金田町6-15-6
    御祭神 津嶋女大神 素盞鳴尊 菅原道真公

    立派な大木もありましたが、見事に刈り込まれスカスカ。


    市街地で電線とかの邪魔になったり、落ち葉の始末も大変なんでしょうけど…。




    鳩が水浴びするから柵がもうけられた手水舎。
    こちらの宮司さんはものすんごくキレイ好きでらっしゃるのでしょう。
    しかし、鬱蒼とした鎮守の森が大好きな神社フリークとしては
    なんだかなぁ〜


    金龍寺さんのマダムの散歩コースでもある、佐太神社へ案内してもらいました。
    国道1号線は中央環状線の大日から府道京都守口線と名づけられています。R1は突然北上し、淀川すぐそばのバイバスに。

    大日イオンから京都へ繋がる13号線の、守口と寝屋川の境界あたりを渡ります。
    淀川の佐太の渡しを目指して歩くと、



    佐太神社南側の門です。

    やはり一の鳥居から入ろうということになり、
    国道1号線バイパスに面して「一の鳥居」


    淀川に船着場佐太の渡しがあり、年貢米の積み出し場だったらしい。
    そこからまっすぐに参道が伸びていたのでしょう。

    佐太(さた)神社 別称:佐太天神宮
    守口市佐太中町7-16-25
    本社には、菅原道真公が祀られています。
    道真が左遷で太宰府へ流される途中、荘園であった当地に滞在され自作の木像や自画像を残されたと伝えられます。


    今年の巳さんの絵馬が掲げられています。
    もちろん毎年干支によって変わるわけで、裏に廻ると


    なんと、守口保護司会の大先輩のお名前が。
    すでに75歳定年により引退されてますが、お元気でこうして絵馬を毎年奉納されてらしたのですね。

    境内は広く池もありましたし、蕪村の句碑もありました。


    窓の灯の 佐太は未だ寝ぬ 時雨かな

    丹波から故郷毛馬に帰る途次、時雨降る淀川の夜舟から見た佐太の灯りを見て詠まれた句だそうです。


    そして、戎社に話は戻ります。

    本社   菅原道真公
    戎社   戎大神、告文天満宮、火乃迦具土神
    白太夫社 白太夫之命
    稲荷社  宇迦之御魂大神
    愛宕社  火産霊神



    今宮戎の本殿裏でドラを叩くのは、船場とかミナミの中心地から今宮戎にお参りすると神社裏に着く。
    そのため最初に「お参りきましたで〜」って挨拶がてらに叩くんだと。

    それが佐太神社の佐太戎でも同じく裏に廻り、木槌で叩く。
    耳が遠いというのには、なにかワケがあるに違いないと思われました。

    えびすで調べていくと、10月の神無月に出雲に神々が参集されますが、
    その時地元の留守を預かる神様にえびすさまが多いらしい。
    他には大黒さんやら、金比羅さんやら、荒神さんなど。
    庶民がさんづけで親しみをこめてお呼びする神々が地元で留守神としてお役目はたされるんですね。

    出雲に行かないのは、足が悪いとか、耳が遠いとか、口がきけないとか、蛇神だとか、なんかいわれがあるようで。
    そしてそうした神々は各屋敷の高いところではなくて、
    台所など低いところ、暗いところで身近な場所に祀られてます。


    出雲に赴かない「留守神」とされた
    えびす神(夷、戎、胡、蛭子、恵比須、恵比寿、恵美須)や
    かまど神を祀り1年の無事を感謝し、五穀豊穣、大漁、あるいは商売繁盛を祈願する。

    これがえびす祭やえべっさんとなり、えびす講として発展し市となる。
    えべっさんが不具であったということは、
    佐太神社の戎社祭神に「火乃迦具土神」とあることからも伺えます。
    なんか日本の歴史には深〜いワケアリそうで…。
    これ以上深入りすると手に負えないので、ここで突然終わりにします。


    以前庚申の日に寝ずに起きていなくてはならない庚申待ちのことを書きました。
    「光秀は、酒の席で信長から諸将の前で激しい侮辱を受けたために、光秀の心に謀反の渦が巻き始めたと言われている。
    酒の席というのはこの庚申待の席だったようだ。」
    詳しくお知りになりたい方は
    お猿加持とこんにゃく 2012年4月29日

    日本の風習ってこの100年でうんと変わってしまったのですね。

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    画像は2013年1月29日(AP)
    毛沢東の肖像画もかすむほど見通しが悪い北京の天安門広場

    今日は2月1日、予報では1月29日〜2月2日にかけて日本にも襲来といわれてました。
    地球が自転してる限り、中国からの高濃度汚染物質は日本にきます。

    昨日朝、お日様は出てるのにイマイチ空はうすっらけむった感じだった。
    やっぱり、中国からの史上最悪なスモッグは日本に飛来してる?

    気のせいかとも思ったけれど、身体は正直に反応します。
    今朝方息苦しくて目が覚めました。
    喘息の発作に発展しないよう急いで薬のみました。
    夕食後にアレルギーを抑える薬を服用すると、
    普通なら朝まで喘息の発作でないし、だいたい1日効果あるのに。

    ちなみに、1/12(土)夕方、北京で大気汚染指数(AQI:Air Quality Index)が過去最高の755を記録。
    在北京アメリカ大使館屋上の計器の針が振り切れたそうだ。

    毎年春には黄砂で困ってましたが、これからはもっとひどいことになりそう。


    紙袋が大好きな、ゆうり。

    未来の子供たちの健康が損なわれませんように。
    自己防衛するといってもね…。

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    久しぶりに美味しい巻寿司でした。
    久美浜温泉湯元館で今朝1本500円、自分へのお土産に買いました。

    丹後地方では、バラ寿司にサバのそぼろを混ぜる伝統の家庭料理があるそうです。
    40年前、これをヒントに巻き寿司を作られたのが、大阪の「くいだおれ」の創設者山田六郎氏。

    山田氏は、久美浜温泉湯元館の初代社長でもあり、
    丹後の地で巻寿司を販売するにあたって食堂のメニューとして考案されたらしい。


    100人は入る広い露天風呂
    脱衣場のロッカーは117番までありました!
    春の桜咲く頃の画像を、湯元館スタッフブログよりもらってきました。
    画像右端にかすかに写っているのが、初代社長の山田氏の銅像です。

    早朝散歩から湯元館に戻ったところで出くわしたお爺さんから聞いたところによれば、
    昔から雪深い地なのに、雪が積もらないところがあるので、
    きっと温泉がでるに違いないと地元の人が掘ったそうだ。
    確かに湯は出たが資金枯渇、そこでくいだおれの社長がその権利を買われたという。

    湯量が多く、高温と低温の2種のお湯がでるので、毎日お湯を全部新しく入れ替えるのが自慢の温泉だと。



    久美浜温泉湯元館の最寄り駅は北近畿タンゴ鉄道(KTR)丹後神野駅で、
    バス停は湯本館目の前に丹海バス「平田口」1日4便ですけど。





    この土日は異常な暖かさで雪は全くなかった。
    ちょうど一年前の節分の日のこのあたりの雪景色



    前日、宿入りする前に木下酒造さんの酒蔵見学させてもらった。
    京丹後市久美浜町甲山1512



    この酒蔵には、イギリス人の杜氏フィリップ・ハーバーさんがいる。


    彼がこの地に来て6年、雪のない初めての冬だと話されてた。
    この週末の異常な暖かさはびっくりだと。


    宴席はもちろん松葉かにフルコースだったけど、
    今朝はまた皆さんお買い物。
    1月23日に行った柴山港を再訪し、今日はカニしゃぶ試食もさせてもらえた。


    やっぱりこちらのかにの方が美味しかった。


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    兵庫県美方郡香美町、国立公園山陰海岸に位置する大乗寺の
    山門入ってすぐ左手の樹齢1200年の大楠です。
    ものすごく風格ありました。







    石の階段を登り山門をくぐると、緑に囲まれた山門・客殿・本堂・薬師堂・鐘楼があります。



    山門正面に客殿があるのでそのまま吸い込まれるようにその入口へ。
    結局、円山応挙とその一門の襖絵見ただけで、本堂や薬師堂にお参りしなかった。
    美術館へ行ったような…。


    客殿の低い戸口上、なんか意味ありげな飾り物。



    ここから入場料800円が必要で、写真撮影が許可されていません。

    大乗寺のサイトでバーチャルツアーデジタルミュージアムをご覧いただけます。



    「これらの貴重な文化財をデジタルデータ化することで、多くの皆様にご覧いただけるものと考えております」
    と書いてあります。

    災害と腐食から保護するための国内最大の収蔵庫が竣工し、
    2005年よりデジタル再製画に置き換えられています。
    本物は収納庫にあり、気候の安定した春・秋に期間限定で収蔵庫は公開されます。

    再製画なら何も撮影禁止にしなくてもいいと思うのは私だけ?

    この応挙寺とも言われる大乗寺の存在をこれまで全く知りませんでした。
    今回、大枝神社地車隊の会長がココ行こうと提案されなかったら、誰も知らなんだ。
    一般庶民にはそれぐらい有名ではないということ。

    写真撮影許可されたら、画像とかをネットで公開して、ブログやツィートで広がる可能性もあるのにね。




    大乗寺は、天平17年(745年)に行基によって開かれた高野山真言宗のお寺。
    江戸中期の画家円山応挙やその一門の画家たちによる襖絵などがたくさんあるので「応挙寺」ともいわれます。

    仏間他13余りの部屋の襖絵165点が国の重要文化財に指定されています。



    客殿ほぼ中央に仏間があり、木造十一面観音立像の祀られています。
    その仏間を囲むようにして、
    計算しつくされた配置により、立体的な曼荼羅を構成。
    ただ一枚の絵でもなく、一幅のお軸でもなく、ある部屋の一面の襖絵でもなく。
    客殿全部の部屋で構成された宗教的空間。
    見事なプロデュースです。

    去年5月にルーマニアで見学したペレシュ城はすばらしかった。
    しかしこの大乗寺客殿全部をつかった立体曼荼羅のようなものではない。
    日本人ってすごいなぁ〜とあたらめて感心しました。


    ●東「農業の間」…「四季耕作図」で農作業の情景を描くことにより経済を司る持国天
    ●西「山水の間」…山川草木を描き自然の摂理を表現することにより芸術を司る広目天
    ●南「芭蕉の間」…優れた政治家で長寿でもあった「郭子儀図」を描いて政治を司る増長天
    ●北「仙人の間」…「群仙図」を描いて不老長寿から医薬を司る多聞天


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    今までにも何度かランチして感激した記事残してますが、
    昨夜は初めてディナーで訪問、妹のおごりです^^

    季節の野菜の白ワイン蒸し 1500円
    こだわりの野菜がどれも美味しい。
    自分ちでもできるかなとマスターのシェフにお聞きしたら、
    鳥スープも少し足して、仕上げにレモン絞ってるそうです。


    かぼちゃのスープ 630円
    後に写っているひょうたん型のかぼちゃ「バターナッツ」はスープに最適なんだそうだ。



    カンパチのカルパッチョ 1500円の半分
    新鮮なのが入ってるときいたので半分だけお願いしました。
    分厚いカンパチの切り身2切れづついただきました。
    オリーブオイルももちろんこだわりでしょうが、
    薬味はフルーツトマト、エシャロットと、ふきのとうらしい。


    ちぢみほうれん草のソテー


    同級生もおススメのビーフシチュー 2650円
    でっかいビーフ3つが野菜の下に隠れてます。
    すね肉か部位は聞きませんでしたがとてもやわらかかった。
    てんこ盛りの野菜の上のスライスした素揚げはキクイモです。

    自家製パンも美味しかったのですが撮影忘れました。
    スープとパン以外はすべて妹と二人で分けていただきました。
    満腹で大満足。
    大分量はこのレストランのポリシーだそうです。


    洋食のラグー RAGOUT
    大阪狭山市西山台6-1-19
    近畿大学付属病院や帝塚山大学の近くです。

    お近くの人には是非おススメのレストランですが、
    ちょっと遠いかたも行ってみる価値ありますよ〜


    2010-08-17の記事に、詳しくレストランの内外装とかの画像載せてます。
    こちら


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    久美浜温泉湯元館に泊まった翌朝、温泉つかって朝食までまだ時間があった。
    近辺を散歩することにした。

    湯元館すぐ横を流れる佐濃谷川


    不動橋を渡ると、

    対岸に平屋の湯元館が見えます。

    ほんのすぐ近くに祠が見えました。



    鳥居がないけど、階段を上がると境内らしき広場があり、
    奥に祠二つが並んでます。
    なんか不思議な空間ですが、気味が悪いとか怖い感じはなかった。





    右手

    水無月大神宝と書かれてあるように見えます。
    中をのぞいてみると、家庭で神様を祀るサイズの祠が中央に置かれてました。

    いったい水無月とは何なんでしょう?
    舞鶴や、与謝野町、養父市などに水無月神社がありました。
    久美浜にも矢田八幡神社があり、境内摂社に水無月神社で祭神月読命だそうです。

    左手

    大聖不動明王、と書かれてあるように見えます。

    中をのぞくと石像三つ、中央に童と母親の母子像。


    なんで母子像が不動明王なんだろうと、ものすごく気になりました。


    不動明王って、だいたいは後ろに火炎をしょってて怖い顔して睨んでおられます。

    宿に戻ると玄関で現地のおじいさんに出会いました。
    散歩ですかと声かけてくださったのですが、
    先の記事で、湯元館の歴史を語ってくださった方です。


    すぐ近くにあるあの祠は何ですかとお尋ねしました。
    あれは昔から稲荷神社と言われてるが、地元のものはまず行かないと答えられました。

    そうかぁ〜 稲荷 …
    ということは、秦氏?


    久美浜温泉湯元館の最寄り駅は、北近畿タンゴ鉄道『丹後神野』駅

    田道間守(タジマモリ)が垂仁天皇の命を受けて
    常世の国に不老長寿の妙薬「香具の実」を探しに出かけ、
    帰り着いたのはこの久美浜の箱石といわれる。

    その函石浜(はこいしはま)遺跡からは、王莽(おう もう)の貨泉が出土しています。

    中国新代(西暦8〜23年)西暦14年に鋳造された銅銭の貨幣です。


    中央あたり、平田というバス停前に湯元館がありました。

    その函石浜は湯元館からすぐ近くです。


    久美浜湾には4つの河川が流れていて、
    そのうちの佐濃川・川上谷川の流域に谷が形成され、遺跡・古墳もこの流域に集中しているそうだ。

    丹後神野駅の次の木津(きつ)温泉駅は、
    田道間守が持ち帰った橘が伝来した土地として、橘を「キツ」と読み現在の「木津」になったともいわれています。

    そして木津温泉は京都府内で最も古い温泉で別名「しらさぎ温泉」
    奈良時代の僧行基が、しらさぎが傷を癒しているのを見て発見したという伝承も残っています。




    田道間守は当時但馬の国主で、その勢力は広く山陰、山陽にまで及んだ。
    おじいさんが天日槍(アメノヒボコ)という系図で新羅王家に遡る。

    時の天皇、垂仁天皇は、池や水路を整備して農業を振興したり、
    はにわを作って殉死をやめさせる等、仁徳の高い天皇で人々から敬慕されたという。

    その垂仁天皇に、常世の国の非時香葉(ときじくのかぐのこのみ)を所望された田道間守。
    十年後にやっと持ち帰ることができたとき、天皇は身罷られていたのだった。

    天皇の墓の前に香葉を献げ、ついに墓前で殉死を遂げるという伝説が残る。
    奈良の尼ヶ辻にある垂仁天皇陵の水壕の中にぽつんと浮かぶ嶋が、田道間守を祀った陪塚とされています。

    そしてこの殉死を悼み、御所に植えられる「右近の橘」「左近の桜」とあがめられるようになった。

    さらに興味深いことに、
    田道間守の兄弟の女である気永足姫命(きながらたらひめのみこ)は、
    仲哀天皇の皇后(=神功皇后)の母に当たらせられるというのをネット検索で見た。
    気永足姫命…息長足姫命と同じなのかな?
    神功皇后のお父さんは、息長宿禰王(=気長宿禰王おきながのすくねのみこ)
    お母さんは、天之日矛の後裔・葛城之高額比売と古事記には書かれているそうだ。


    母子石像といえば、フェニキア人がピンときたので検索したら


    BC500年 エトルリアの母子像がヒットした。

    ミステリーは深まるばかり…。


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    清荒神さんへお参り行ったご近所さんからお土産に柚子もなかいただいた。

    毎年、節分過ぎたらご近所さんとか近親者が新しいお札賜って来てくれます。
    自分で清荒神お参りしたのは、家で荒神さん祀るのにお社と御札買いに行った1980年の1回だけ。
    今年ぐらい自分で行こうかと思ってたけど、やっぱりご好意に甘えてしまった…。


    もなかの上は、エルメスのサイトでダウンロードできるジジェのペーパークラフト


    昨日、ジジェという名前のセカンドクラッチを出品するにあたり検索していて見つけた。


    のりとはさみで作る長財布程度の大きさのペーパークラフトバッグ。
    久しぶりに工作楽しかった。
    上質厚手の紙にプリントしたら、結構使い勝手あるかも。

    ブランドもいろいろ工夫努力してますね〜
    エルメス・コーポレートサイト→こちら
    このペーパークラフトをダウンロードするページ見つけるのに苦労しました。
    私同様見つけにくい人はコメント欄でお尋ねくださればお知らせします。



    今週はエソラがインフルエンザで高熱出しました。
    木曜夜お見舞いに行ったら、



    娘が作ってくれた鳥の巣カレー
    オニオンフライのトッピングの上に卵がのってました。

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  • 02/10/13--17:48: 野菜を干して、


  • 花マルで「干し野菜鍋」というのをみた。
    野菜を半日から一日干すだけで甘み増しダシも不要だと。

    早速、試してみました^^
    野菜に少し水を加えて鍋に蓋をして加熱。
    塩少々足しても、味たらん。



    酒屋さんでもらった酒かすに白味噌たして粕汁になった。

    やっぱりタンバク質のアミノ酸旨味は必要だと思う。
    今晩、再チャレンジしてみます。

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    3月10日まで西灘にある兵庫県立美術館で開催されてる
    「フィンランドのくらしとデザイン ムーミンが住む森の生活」

    きのう11(月)はフィンランド人デザイナーJuho Vitasalo さんの講演がありました。

    午後1時に会場に着くと


    4時からの安藤忠雄さんの整理券は配布終了してましたが、
    ユホさんのは開場してて席とりすることができました。




    このプレゼントボックスはフィンランド政府から赤ちゃん誕生した全世帯に贈られるそうです。
    5年に一度デザインが見直されると聞きました。

    続きは、デジカメ画像を取り込んでからにします。

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    フィンランドのデザイン展が催されてる、兵庫県立美術館の屋根の上にでっかい蛙が度肝をぬきます。

    駅から歩いてくと






    フィンランド展のために特別に展示されてるオブジェかと思ったら、
    2011年秋にこの屋上に飾られるようになり、名前募集で美かえる(ミカエル)と決まったようです。
    オランダ人の現代作家のデザインらしい。

    金沢21世紀美術館で集客に力を発揮した後、
    兵庫県立美術館に転任された蓑豊館長のアイデアだそうです。


    阪神・淡路大震災後に再開発されたエリアに建つこの美術館は、2012年に完成し、今年10周年。


    海側から見ると、こんな感じらしい(ネット検索でもらってきました)
    あの直線的でコンクリート打ちっぱなしなどで有名な安藤忠雄氏設計です。


    11日夕方、10周年記念で安藤氏の講演が予定されてました。
    午後3時半ごろには、ミュージーアムショップの前でご本人がもくもくとサイン会に精出されてました。

    安藤作品は立派な階段つきものですけど、
    こちら兵庫県立美術館の企画展示も3階の階段上に入口が


    緑、青、赤と3色の大きなタペストリーが飾られてます。
    フィンランドのくらしとデザイン展のイメージパターン「NUPPU」
    これをデザインされたのが、ユホさん



    講演後、聴衆者で質問されましたのは
    「日本のデザインらしいと思うのはどんなところか」
    畳とか障子とかスッキリした直線的なものに日本を感じると答えられてました。

    現代の日本のものでは、ユニクロやMUJI(無印)に興味をもたれてるようです。


    入口の看板にある、右手のモダンなデザインのアームチェア
    Paimio(パイミオ)



    建築家アルヴァ・アアルトが1929〜33年にフィンランドの都市パイミオにある結核サナトリウムのためにデザインしました。

    背もたれの角度は、結核患者が腰掛けたときに呼吸が楽になるよう設計されています。
    肘掛け部分は弾力があって、手を置くと楽な姿勢がとれるようになっています。

    展示室の最後にこうした椅子が置いてあって、実際に座ることができました。
    背もたれの腰骨にあたる部分がとても快適でした。
    かつてプジョー206を買うことに決めたのも、
    運転席に座ったときのこの背もたれの感じが同じでした。

    この椅子欲しい〜と検索してみたら、受注生産のようです。
    artek アルテック アームチェア
    41・Paimio (アルヴァ アアルト)¥416,850


    一生ものと思えば惜しくないかもしれないけれど、
    ちょっと手が出ないお値段でした。

    フィンランド展は若い世代が多く訪れていました。
    スッキリしていてそれでいてどこかかわいいデザイン。

    今年30歳になる娘が小学校時代に作った作品は、
    なんとなくムーミンを思わせます。



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  • 02/13/13--16:12: 沢の鶴資料館にて
  • 高さ20cmにも満たないような小さな瀬戸物像でした。
    説明文はあったかどうか記憶にない。
    なんか不思議な雰囲気で目に留まりました。

    資料館も2回目見学となると、
    以前目に付かなかったものが目に留まるもんですね〜

    ちょうど1年前、灘酒蔵めぐりウォーキング行った話し書きました。
    あの時は阪神の大石駅からスタートして魚崎まで歩いたのでした。
    11日に兵庫県立美術館行こうと地図見てたら、酒蔵めぐりの2つ先の駅岩屋が最寄り駅でした。

    せっかくだから沢の鶴へ行って酒粕買おうと。
     



    他にも前は気づかなかったものが多々ありました。



    昔は米の字を抽象化した ※ がこの沢の鶴のシンボルだったのですね。
    鬼瓦が保存されてました。

    動物の名前が付いた様々な道具








    沢の鶴ホームページには
    昔の酒蔵に残る動物たちが詳しく紹介されてます。

    その中で蛇の目の展示物は見つけられなかった。


    内底にこうした呉青でグルグル模様の盃やお猪口見たことあります。
    これを蛇の目というのですね。

    酒のサエ(透明度)と色を判断するのに最適の器なんだそうです。

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