Are you the publisher? Claim or contact us about this channel


Embed this content in your HTML

Search

Report adult content:

click to rate:

Account: (login)

More Channels


Channel Catalog


Channel Description:

不思議だなと思う心間違い探しが苦にならないこれがものの鑑定に役立ちます

older | 1 | .... | 20 | 21 | (Page 22) | 23 | 24 | .... | 76 | newer

    0 0

    ロンドン塔の堀を埋め尽くさんばかりの赤いセラミック・ポピーにびっくり。

    アフリカの星やコイノールといった英国王室のお宝ダイヤモンドを見たいと行ったのでした。

    以前、くるみのママさんがロンドン塔見学後高熱出して云々というエピソード聞いてました。
    王位継承争いや外国との戦争で数々の血なまぐさい戦いの舞台となった場所。
    牢獄とかいろんなものから暗いおどろおどろしいイメージ持ってました。

    ところが、この日は上天気の青空と真っ赤なポピー。
    想像以上のエライ人出でした。









    最初は、何のお祭りかと思いました。
    赤いポピーは英国で戦死者追悼の象徴だそうです。

    Blood Swept Lands and Seas of Red(流れる血に覆われた陸地と赤い海)

    第1次世界大戦(World War I)開戦100年を記念して、888246本の赤いポピーを使った追悼式は
    セラミックアーティストのポール・カミンズさんと舞台デザイナーのトム・パイパーさんによるもの。




    カメラの撮影設定を間違えてアスペクト比がいつもと違ってた。
    ブログ投稿用に軽くするのにサイズ変更とまどいました。

    続く

    0 0

    地下鉄のタワーヒル駅で降りると迷うまでもなく、すぐに





    堀の赤いレッドポピーを見ながら多くの人混みをかき分けて入場券を買うまでに



    絵本のようなカラフルに描かれたベンチが目にとまりました。

    きっと何かあると匂ったので検索してみると、

    「Books about Town」というプロジェクトの一環で、
    ロンドンの街のあちこちに50箇所、本をモチーフにデザインされたベンチが設置され地図も公開されています。




    Katie in London「ケイティ、ロンドンへ」 James Mayhew

    ィはおばあちゃんに連れられて、弟のジャックと一緒にロンドンへ。何もすることがないと思っていたら、トラファルガー広場で話をする石のライオンと出会って友達に。ライオンに案内されて、ロンドン塔やバッキンガム宮殿を回っていく。ジェームズ・メイヒューが文とイラストを手掛けるこのシリーズには、ほかにもケイティがスコットランドを訪ねたり、名画の中に入り込む話などがある。



    BookBenchとは?

    現在、ロンドン各所に鎮座している、開いた本の形をしたインスタレーション。英国における読み書き能力向上に努めるチャリティー団体の「The National Literacy Trust」と、パブリック・アートのイベント・プロデュース団体「Wild in Art」によるプロジェクト「Books about Town」で、ロンドンと何らかの関連がある本50冊が選定され、プロのイラストレーターや地元アーティストによって物語のイラストが描かれている。インスタレーションは9月15日まで展示された後、オークションが行われる予定。収益はThe National Literacy Trustの活動のために使われる。
    www.booksabouttown.org.uk


    0 0

    ロンドン塔を訪問する前に下調べしてたら、ヨーマン・ウォーダー・ツアーがとてもおもしろそう。

    入場してすぐブラッククロックが目印の集合場所。
    ここから30分ごとにスタートして約1時間で塔内を案内してくれます。

    ヨーマン・ウォーダーとは14世紀からロンドン塔を守ってきた人たちのこと。
    夜警、見学者の安全確認などの任務がメインですが、
    各自が工夫を凝らした「パフォーマンス」で見学者を歴史の中にいざなってくれるのが、ヨーマン・ウォーダー・ツアーです。

    もちろん無料です。
    しかし日本語ガイドを借りるのは別途必要。



    ここまでで、もう私のヒヤリング能力では無理なのが判明。
    やっぱり日本語ガイドないと、皆爆笑してても何でおもしろいのかわからんし。
    お愛想笑いも疲れて離脱し、勝手にお宝ダイヤを見に行くことにしました。

    遠めで集団がいるなと思うと


    30分ごとに出発するヨーマン・ウォーダー・ツアーです。





    詳しくはロンドンナビでどうぞ→こちら




    ロンドン塔の入場料はちと高い。
    口コミなどによれば、歴史など全く知識なく見学すると、高い割にはイマイチとなる。
    事前調査でだいたい20ポンドだと思ってたけど、
    実際足を運んでみると、大人は22ポンドに値上がりしてました。
    今回の旅の為替は、1ポンド181.14円ですから、¥3985 は高いね〜

    公式サイトみてたら、オンラインで購入すると 20.8ポンド と少し安くなるのを今日知りました。

    For visits 1 March 2014 - 28 February 2015
    Gate price / Online rate
    Aduit £22.0 / £20.90
    Concession £18.70 / £17.60
    Full-time student (16 years and over), disabled visitor, over 60 with ID

    しかし、あの日、当日券売場で、ちゃっかりと
    パスポート見せてシニアで購入できたので、18.7ポンドでした (^_−)−☆


    昔からみたかった ジュエリー館へ向かいました。





    0 0

    夜中2時過ぎ何処かで中継放映してないかとチャンネル巡ったけどわからんかった。
    朝のワイドショーで決勝進出のニュースみました。
    ただいま編集中で7:58頃から詳しく試合模様伝えてくれるらしい。
    けど今日は体育館で何か新しい競技で大会ありノミネートされてるのに出かけます。

    随分前からエアーケイカッコいいなと応援してました。
    いつだったかこのBlogでも記事にしたけど見つけられなかった。
    きっとすごいとこまで行くだろうとは思ってたけど、とてもうれしいニュース速報でした。

    0 0




    人数合わせで組み込まれました。

    8コートに4チームづつで優勝したら決勝リーグに進めます。
    初めての体験だったこともあり、一勝一敗、リーグ戦敗退。
    運にも左右される部分があるので敗けても悔しくないのがいいですね。




    参加賞に首からぶら下げれる4色ボールペンもらいました。
    今回のスポーツレクリエーションフェステイバル、体育館半分はスリータッチが4面。
    あちらは動きが激しくなるし練習もいるのでお声かからず。


    シャフルボードは、19世紀後半、船旅の間に甲板で過ごす際のレクリエーションとして広まり、
    1913年アメリカのホテル経営者がこれをヒントにフロリダ州デイトナで始めたそうです。

    セレブの船旅いつかチャンスあれば、今度は優勝狙えます (^_−)−☆

    0 0



    ロンドン塔のプライスレス・トレジャーであるクラウンジュエリーを見るために約20分並びました。





    並んでいる途中で、ガイドブックも販売されてます。
    建物内は撮影禁止ですから。

    運よく、衛兵の交代式も見れました。







    ロンドン塔は約 1千年にわたってさまざまな機能を果たしてきました。
    王宮、要塞、監獄、刑場、兵器庫、造幣局、動物園など。
    歴史的価値が高いThe Crown Jewels は見所のひとつです。
    テレビや絵などでしか見たことのない王や女王の身につける金糸のマント
    戴冠式などで実際に使われた職杖なども見れます →公式サイト

    かつてこのブログでエントリーしたダイヤモンド記事で歴史をかいつまんで
    カリナン・ダイヤモンド

    世界最古のダイヤ コイ・ヌール(光の山


    1666年9月1日、ロンドンは大火事に見舞われました。
    ↑画像は、並んでいるときに撮影した説明プレートです。


    パン屋のかまどから燃え広がった火は4日間にわたって燃え続け、
    ロンドン市内の家屋のおよそ85%(1万3200戸)が焼失したそうです。

    当時ロンドンでペストが流行していたが、
    この大火によって多くの菌が死滅し感染者低減の一因になったとする説も。

    またペストによりケンブリッジ大学が閉鎖されたため、
    ニュートンは故郷に戻り微積分法・万有引力の法則などの研究を進めたとか。

    さらにこの大火より15年後1681年、世界初の火災保険がロンドンで誕生する。

    0 0

    ロンドンでエソラへのお土産に買ってきた英語のキッズ用ワードカード。
    エソラが寝ている間にこっそり触るゆうりちゃん。
    ゆうりには、アナと雪の女王のシール貼りぬり絵本にしました。
    それはそれで大喜びなんですが、エソラのも気になってしょうがない。

    先週9/3にロンドンから帰り、翌日夜から泊まりに来てました。
    ママが東京へ用事に出かけるので土曜夜まで子守でした。
    初めてママと一緒でないお泊りだったのです。

    金曜日夕方は、少林寺拳法のキッズに連れて行きました。


    2年前、エソラは喜んで参加させてもらってたのに、
    お兄ちゃんになって急に恥ずかしくなったようで、見てるだけ。
    すでに眠かったこともあり、家に帰り入浴と夕食すますとすぐに寝てしまいました。

    すると、ゆうりは早速ワードカードを取りだして


    来てうれしい、帰ってうれしい、孫子守

    0 0



    そうめん流しの回を重ねるたびに、竹ざおが長く立派なものになってます。


    ちょっと季節遅れのイベントでしたが、空には満月

    秋風にたなびく雲の絶え間より  もれ出づる月の 影のさやけさ

    昨夜 9/9の月は スーパームーンだったのですね。

    スーパームーンについて解説してくれるNASAの動画を共有します
    ScienceCasts: A Summer of Super Moons

    0 0

    ロンドン塔で大事にされてるカラス、公式サイトから画像いただいてきました。
    ふつう3-4時間は見学に要するのを、クラウンジュエルズだけみてすぐ外に出たのでであえなかったから。
    このワタリガラスには言い伝えがあります→こちら



    どうやらこの古びた塔が、有名な《ブラディ・タワー》のようです。
    入場するための行列ができてます。
    「ロンドン塔の二王子」少年王エドワード5世とその弟ヨーク公が幽閉された場所です。
    1483年を最後に消息を絶ち、シェイクスピア史劇の影響もあり、
    二王子はリチャード3世によって暗殺されたものと信じられてきました。
    真実は今も闇の中。

    ブラディ・タワーはサー・ウォルター・ローリーが13年間に渡って監禁されていた場所でもあります。

    ヘンリー3世の時代、この塔はテムズから場内に出入りするための水門だったようです。

    隣接する《ウェイクフィールド・タワー》
    1220年から1240年の間にヘンリー3世の居城として建てられた塔。
    薔薇戦争中に幽閉されていたヘンリー6世が殺害された場所であるともいわれています。
    中は拷問器具が展示されているらしいが見てません。





    このシロクマは作り物です。
    画像はありませんが他にサルのオブジェも見かけました。

    13世紀の初め(日本では鎌倉時代)、時の王様ジョン王はロンドン塔内でライオンを飼っていました。
    後継者のヘンリー3世が、ヨーロッパの君主たちからヒョウ3匹,ホッキョクグマとゾウ1頭ずつを贈られました。

    シロクマは魚を捕るのにロープにつながれてテムズ川を泳いだ時にはロンドンの全市民がその見せ物を楽しむことができたそうです。
    後年さらに外来の動物が加えられ、動物園はエリザベス朝時代から一般公開されました。
    1830年代に市内のリージェント・パークの新しい動物園に動物が移され、王室の動物園は閉じられました。








    テムズ川からみたロンドン塔。



    自分の国の歴史ですらちゃんと把握してないのに、よその国の歴史ならなおさら。
    学生時代の世界史で断片的に聞いたことある事象や人名が出て来て、
    へぇ〜そうだったのかと興味は尽きませんでした。

    興味おありの方は→波乱の歴史を物語る建造物 ロンドン塔


    0 0
  • 09/13/14--10:34: 一年で人型に大進化
  • 敬愛幼稚園から、敬老の日が近いので郵便届きました。

    敬いの心と慈愛の心を育てるのを教育理念とされてるそうで、とてもいい試みです。

    今年絵空が描いた絵は、大好きなブロックで遊んでいるところらしい。
    赤いのはエソラで、ピンクはきっとゆうりに違いない。

    去年届いた絵からすると大進化。


    頭も体も人間、人型になってきたということなんでしょう。



    0 0

    ロンドンを移動しながら観光する一つの方法にテムズ川の水運による遊覧もあります。
    リバークルーズがあるのは事前にネット検索で確認していたけれど
    片道だけのれるかどうか行き当たりばあったりで、ロンドン塔の船着場を訪れてみました。
    無理ならウェストミンスターまで地下鉄もあるし最悪歩くこともできるし。



    シティ・クルーズは、グリニッジ〜ロンドン塔〜ロンドン・アイ〜ウェストミンスター間を運行していました。

    地下鉄の一日券(8.9ポンドー約1600円程度)を購入してたので、
    テムズ川ではそれが適用され2ポンドほど安くなりました。
    Waterloo-London Eye 間は 4.5ポンドで買えました。



    イギリス人の歴史に深く関わっているテムズ川は、食料の供給源、水資源、交通路そして境界線など大きな役割を果たして来ました。
    見どころ満載です。


    シーザーがこの地に遠征してきて記録を残したのが紀元前54年。
    その後西暦46年にはローマ人が今のロンドン橋付近に最初の橋である木製の橋を架けました。
    最初の画像の橋はロンドン塔すぐそばにあり塔内からも見えていました。
    この橋をロンドン橋と間違う人が多いらしいけれど、タワーブリッジです。



    ♪London Bridge is falling down 
    で有名な英国童謡に出てくるロンドンブリッジは


    おそらく歩いて渡っている人が見える橋の奥に写っている橋↑

    洪水に流されたり、大火に焼かれたりと何度も何度も橋は落ちました。
    そのつど橋が架けられてその回数の多さから『ロンドン橋落ちた』という民謡が生まれてます。
    1750年にウェストミンスター・ブリッジが架けられるまで、
    ロンドン市内でテムズ川に架かる橋としては唯一のものであったそうです。







    地図から判断すると、ダ・ヴィンチ・コード出てきたテンプル教会がこのあたりに。
    こんな大きな建物ではなさそう。


    ビッグベンが見えてきました!






    その対岸のロンドンアイ側に接岸されここで下船しました。



    橋を渡って、ロンドンアイを撮影





    Wikipediaによりますと
    ロンドン市内よりさらに上流、河口から90kmの距離まで、北海の潮汐の影響を受ける。
    ロンドンはローマ帝国支配下の紀元前43年に満潮時に潮が達した地点に築かれたという逸話があるが、2000年ほどの時間の間にさらに上流まで遡るようになってしまっている。
    ロンドン市内では、水は海水と混ざり少し黒い色をしている。


    テムズ川は346kmの長さである。
    コッツウォルズの丘の近くのケンブル村に源泉がある。
    オックスフォード市の中を流れ、ウォーリングフォード、レディング、ヘンリー・オン・テムズ、マーロウ、メイデンヘッド、イートン、ウィンザー、そしてロンドンの順に流れていく。
    オックスフォード市の中では、テムズ川のラテン語名Thamesisを短くしたイシス (Isis) と呼ばれている。



    イギリス観光で有名な、コッツウォルズやオックスフォードもテムズ川流域にあったのですね。
    私はイギリス初めてでどちらも行ってませんが、
    ロンドン滞在最終日、ヘンリー・オン・テムズ、マーロウに案内してもらえました。

    続く

    0 0

    京焼・清水焼窯元の陶あんの角皿です。
    先週金曜夜、お祝いの会が催されましてお土産に頂戴しました。

    陶葊(とうあん)さんの食器は色鮮やかで印象に残りますが
    お値段も心に刺さりますよ〜 → 公式サイト


    保護司を拝命して30年ぐらいご奉仕すると勲章・褒章を賜ることがあります。
    この春、守口保護司会からは2名叙勲の栄誉によくされました。
    その受賞を記念して祝賀会を設けられることがほとんどです。

    お食事も柿右衛門さんで今まで頂いたなかで一番上等かも。



    陶板焼きにのってる柔らかいお肉にあわび。
    左端グリーンのものはピーマン? といって周りに笑われました。
    あわびの肝だって。
    初めて食しましたが苦くなかった^^


    立派なカメラを構えた方が写真撮影を任されていました。
    しかし、勝手に私独自の目線で撮影してフォトブック作成しました。
    スピードがとりえですので翌日には発注済みです。



    いつもお世話になっている妙楽寺の和尚さん、
    ブログご覧いただけてるかもしれませんので、
    お知らせしますと9/24出荷予定だそうです。
    直接おうちに届くように手配させていただきました。
    気持ちばかりのプレゼント、ご笑納くださいませ。


    0 0

    今イギリスは大きな曲がり角にきてます。
    明日スコットランドの住民投票で独立か否かが決まります。



    テムズ川のリバークルーズをウォータールーで下船して、ウェストミンスター橋を渡る。
    地下鉄どこやろうと探したら



    Subway ではなくて、Underground だった。
    後で調べたら、Tube(チューブ)とも呼ばれるようです。
    イギリスでサブウェイは地下道かサンドイッチ屋さんとなるらしい。


    ピカデリー線のこの駅で1日券(8.9ポンド)を購入。






    日本の車両より低くて、中も狭かった。
    車内ではちょっと恥ずかしくてシャッター押せなかった。

    郊外の駅だったので地上をしばらく走り、途中から地下に入りました。



    地下鉄は11路線あり300ぐらいの駅があるそうです。
    途中で二股に分かれたりもするので、常に路線図みて駅名確認を怠らなかった。

    駅での乗り換えも案内がしっかりしているのでわかりやすい。
    しかしピカデリー線はとても深いところを走っているようで、
    何度もエスカレーターを乗り継いで深い地下へ、これがちょっと怖かった。



    地下鉄1日券でバスも乗れたので、お試し乗車。


    思ってたよりも地下鉄は初心者でも安心して乗れました。


    イギリスの地下鉄について書こうと検索してたら、
    日本地下鉄協会の説明がわかりやすい。

    イギリス
    「正式名称ではグレートブリテン(イングランド、スコットランド、ウェールズ)及び北アイルランド連合王国という。日本語でのイギリスはイングランドの転訛したものであり、イングランドとはケルト人が侵入者のノルマン系のアングロ人をイングとなまったことに始まる。鉄道発祥の地であり、軌間統一法により採用された1435mmの軌間は、その後世界の標準軌となった。

    ロンドン London
    英国の首都で人口768万人。イングランド南東部、テムズ川河口から約60km上流に発展した英国の政治、経済、文化の中心地である。ローマ時代のロンディアムに遡る歴史と伝統が生き続ける街で、銀行や商社が集中しているシティと呼ばれる区域が市の中心的存在となっている。国会議事堂、バッキンガム宮殿、ウエストミンスター寺院、ロンドン塔、大英博物館など歴史的な観光名所も多い。



    ロンドン地下鉄は、1863年にPaddington(Bishop's Road)〜Farringdon Street間6駅6kmで、世界初の地下鉄(メトロポリタン鉄道)として開業した。「通勤者」ということばが使われ始めたこの時代、郊外から乗り入れる鉄道が都心の建物密集地帯にターミナルを設けられないために、都心部の地下を走行する鉄道として計画され、開削工法により建設された。
    動力として電気が使われ始める前の地下鉄は、蒸気機関車によって牽引されていたため排煙対策が大きな課題であった。しかし、1890年には、現在のノーザン線で電気機関車牽引による運行が世界で初めて開始されたのに続き、1898年開業のウォータールー&シティ線では電車による運行を開始、以来路線延伸が着実に進められてきた。

    続きは→日本地下鉄協会

    0 0

    ロンドン郊外のあきこさんちに泊めてもらって、毎朝焼き立ての手作りパンをいただきました。



    用意された数種類のジャムの中で、この真っ黒なマーマレードがいたく気に入りました。

    どうやら、マーマレードの元祖らしい。
    シヴィルオレンジという苦くて種の多いオレンジは生食には向かない。
    これをスペインからの船一艘分引き受けたマダムが、ジャムにしたのがマーマレードの始まりだと教えてもらいました。

    帰ってから調べてみると、Wikiには

    由来が4つ載ってました。
    ・1700年頃にスペインで誤って船一杯にビターオレンジを買ってしまったイギリスの商人が悲嘆していたところ、奥方がこれを砂糖漬けのジャムにしたところ大変好評となった。その際に、庭で遊んでいた一人息子のメアーをMair Ma lad!(メアー、私の息子よ!) と手伝いに呼んだ事が由来とされた説。

    ・ポルトガル語由来で、もとはマルメラーダ (ポルトガル語: marmalade)と言うマルメロの砂糖漬けのような食品を指すものが由来とされた説。

    ・マリ・マラード (仏: Marie malade, 病気のマリ) に綴りが近いことから、スコットランドのメアリー女王が腹痛の時に食べたから、あるいは、仮病を使ってでも食べたがったから、という民間語源がある。

    ・スコットランドのダンディーで、現在の形のマーマレードが初めてつくられたとされている。




    スーパーに案内してもらって、3種のマーマレードを購入しました。

    真ん中はフランク・クーパー ヴィンテージ オックスフォード マーマレード

    イギリスのマーマレードといえば“フランク・クーパー"といわれる逸品として今日まで愛され続けています。
    エリザベス女王が愛する英国王室御用達のマーマレードです。
    焦がしたキャラメルの甘みと苦みがチーズにぴったりのヴィンテージマーマレード。
    「オックスフォード・マーマレード (Oxford Marmalade)」は、フランク・クーパーズによって有名になった。


    右端は、買うときは知らずに買ったけど、「マッカイ」(Mackays)のマーマレードのようです。

    スコットランド地方のダンディーマーマレード→こちら

    このブログからそのまま引用させてもらいますと

    現在、私たちが食べているマーマレードの起源は、英国・スコットランドの街 ダンディー(Dundee)の海岸沿いで、お菓子(キャンディ)を売る小さなお店を経営していたケイラー一家が1700年代に作り出したといわれています。
    スコットランドでは、オレンジは栽培されていません。
    由来は、ダンディーの海岸に大量のセヴィル・オレンジを積んだスペインの船が冬の嵐で遭難。売り物にならなくなったオレンジを、ジェイムズ・ケイラーが、二束三文で全部買い取ります。

    しかし、このセヴィル産のオレンジ、予想に反して、渋みと苦味があり、売り物にならないことに気づいた彼は消沈。そんな夫を救ったのが妻のジャネット。
    彼女は、それまでのオレンジを煮て作るジャム(実と汁を煮詰めるだけ)でなく、皮を捨てるのがもったいない、というスコットランド人特有の無駄を好まない性格から、皮を厚切りにして刻んで使いました。
    これが、オレンジ独特の香りと甘さと苦味のバランスの取れた「マーマレード」の誕生の瞬間です。



    ということは、あきこさんから聞いたエピソードも、Wikiに載ってたことも同じ話ですね。
    シヴィルオレンジは、スペインのセヴィル・オレンジ(seville orange)
    日本語になると、セビリアだったのですね。

    そういえば、スペインの街角ではオレンジの街路樹よく見かけました。


    どうやらスコットランドの独立の住民投票は NO 反対で決まりのようです。


    このマーマレードの起源を調べてると、
    スコットランドのメアリー女王やイングランドのエリザベス1世が登場します。
    現在はエリザベス2世です。

    1603年、エリザベス1世の死とともに彼女の遺言によって、
    イングランドとスコットランド連合王国が出現したのでした。
    あれから400年!

    二人の女王の数奇な運命は、とても興味深かったので、項を改めます。
    次に続く


    0 0

    昨晩NHKで巨大地震の特別番組放映されてました。
    戦後すぐに起こった南海道での大きな地震から70年。
    ひずみはどんどんたまってるそうです。
    もしもの場合はご近所で助け合わないとね。

    先週日曜、近くの小学校で防災訓練が催され100人ぐらいが参加されてました。
    5つのグループに分かれ、5つの訓練を順番に体験しました。



    消火器は、廊下等に設置された一般的な大きさで、噴射時間は約 15 秒程度。
    効果的に使うためには
    ピンポンパン
    ピンを抜いて、ホースをポンと外し、レバーをパンと押さえて噴射。


    イザという場合に役立てるように全員が触ってみました。


    バケツリレー





    地震車で、震度7を超えると写真撮影してる場合ではなかった。


    消火栓箱に収納された消火ホースを延長しての使い方を聞く



    三角巾の使い方


    毛布等を使った担架の使い方


    AEDの使い方






    小学校の講堂へ上がる階段脇にちゃんとAED設置されてました。

    15年ほど前に少林寺拳法で救急法の講習を受けたことありました。
    何年か前にも地域の防災訓練も体験しています。
    しかし器具の使い方とかは見事に忘れていくものです。
    ときどき訓練しとかないとイザというとき役立ちませんね。


    0 0

    マーマレードはスコットランド発祥で、その名の由来はいろいろあるけれど、
    フランス語の Marie malade マリ・マラード (病気のマリー)に綴りが近いからといういう民間伝承があるそうです。

    スコットランドのメアリー女王が腹痛の時に食べたから、あるいは仮病を使ってでも食べたかったから。

    メアリー女王ってどんな方だったんだろうと興味を持ちました。

    その波乱万丈で悲劇的な生涯が、数多くの文学作品や映画などで描かれていますが
    私はどれも見たことも読んだこともありません。


    『メアリー・オブ・スコットランド』1936年
    『クィン・メアリー 愛と悲しみの生涯』1971年公開イギリス映画
    『エリザベス:ゴールデンエイジ』2007年のイギリス映画




    メアリー・ステュアート Mary Stuart
    1542年12月8日 年生まれ  1587年2月8日 断頭台で没
    スコットランド女王としての在位は
    1542年12月14日 - 1567年7月24日


    16世紀半ば、スコットランドは隣国イングランドの侵略に脅かされていました。
    イングランドとの戦いに大敗した父の急死によって、
    メアリーは生後6日目にしてスコットランド女王に!

    5歳のとき、フランスのフランソワ王子の婚約者としてフランスに渡り、フランス宮廷で少女時代を過ごす。
    彼女は17歳になって、フランソワ王子はフランス国王に即位した翌年、病弱だった夫フランソワはあっけなく病死。
    メアリーは、故国スコットランドに帰らざるをえなくなりました。



    イングランドのエリザベス1世(1533-1603)在位は1558年
    メアリー・ステュアートと同時代を生きたライバルでした。


    スコットランドのメアリー女王は紆余曲折を経て、19年間もの長きに渡り獄中で過ごし、
    1587年2月8日、44歳にして処刑されました。

    女王メアリーが処刑に追い込まれた背景には
    16世紀後半の新旧両教徒の対立、イングランドにのしかかってきたスペインの影といった時代の状況が横たわっていました。

    メアリーは死の数年前に「わが終わりにわが始まりあり」
    との謎の言葉を手のこんだ刺繍細工の中に縫いこんでいたそうです。

    そうした晩年の長い幽閉に耐えるなかで食した、マーマレード。
    ほろ苦くもあり、オレンジのかんきつ類独特のさわやかな風味はきっと心癒す味だったのでしょう。


    詳しい歴史は以下でご覧ください

    悲劇の女王メアリー・スチュアート

    エリザベス1世 〜大英帝国の基礎を築いた栄光と繁栄の女王〜

    エリザベスもまた稀有な人生を送っています。
    ロンドン塔から生還した数少ない一人ですし、あのスペインの無敵艦隊を破った女王でもあります。


    1603年エリザベスの死とともにエリザベスの遺言によって、
    メアリーの息子ジェームス6世がジェームス1世として王位を継ぎ、
    イングランドとスコットランドを一つに連合王国が出現しました。

    メアリー・スチュアートの血筋は現代のイギリス王家に引き継がれ
    あの刺繍に縫いこんだ予言は実現されたのです。
    連合王国は子を遺さずして世を去ったエリザベス1世の国民への贈り物でした。

    現在ロンドンのウエストミンスター寺院の地下墓地に
    メアリー・スチュアートとエリザベス一世は眠っています。

    0 0

    普段カードで得した思いってめったにありません。
    たまったポイントは永久不滅というのでそのままになってました。

    先日届いた案内の期限が本日限り。


    駅前のホテル前から無料シャトルバスが出てるのは知ってたので、
    初めてそのバスを利用して三井アウトレットへ行ってきました。
    ゴアテックスの防水効いた帽子でも買おうかと思ってました。

    運良く冬を除くスリーシーズン対応ストレッチパンツ見つけました。
    購入金額 4752 円
    ポイントと500円プレゼントを使って差額わずか、252 円でゲットできました。


    先週はカード会社から届いたメールにのネットクーポンで初めて電子ブック購入できました。
    あのソニーのサイトで、1000 円
    カード会社とSONY、どこが負担してるのでしょうね。

    0 0





    バックアップを移動してもらってるのを
    古いiPhoneで撮影しました。
    Wi-Fiでブログ投稿が最後の仕事になるでしょう。
    手元に置いてるよりも買取値引きをえらびます。

    gmailとメール設定のパスワードわからなくて困ってます;^_^A

    0 0







    新しいスマホのカメラはピントくっきり
    あべのハルカス16階からの眺めです。


    展覧会場では撮影禁止なので気に入った文章をメモしてたら
    ボールペンはダメですと鉛筆貸してくれました。
    こんな対応初めて(ー ー;)

    何を控えてたかというと
    青は色調が変化しても本来の個性を保ち続ける唯一の色彩だ
    とデュフィは思ってたそうです。

    デュフィは90歳をこえる近しい人が一番好きな画家だと
    ずっと昔に聞いてましたが初めて生で見れました。



    あべのハルカスの あべのべあ

    0 0



    こうして撮影してると必ずギズモともぐが偵察に来ます。

    7/8に熊野速玉大社に参詣した折に深い意味なくこの願い紐を賜りました。
    帰宅すると東京地方裁判所からの特別送達届いてて、あれれ〜 のとんでもない展開が待ち受けてました。

    それで、この願い紐を、以前のiPhoneケースに取り付けたのです。
    機種が新しくなって取り外し、いずれ新ケース装着したら付けようと思ってました。




    先の記事のコメントで、ゴールドは金運アップに繋がりそうだし、
    アップル社が命運をかけてグレードアップしてきたiPhone。
    デザイン素材の究極を追及して、この薄さ軽さが実現してるんだと、納得。
    保護フィルム貼りケースに入れるのが当然のことのように思い込んでました。

    願い紐は財布につけることにします。

older | 1 | .... | 20 | 21 | (Page 22) | 23 | 24 | .... | 76 | newer