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不思議だなと思う心間違い探しが苦にならないこれがものの鑑定に役立ちます

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    11月下旬の但馬グルメ旅フォトブックが出来上がってきました。
    年が明ければ写真のありがたみ半減すると日曜日に大急ぎで作りました。

    ここ3年作り続けてきたSnapfishというフォトブックは
    アメリカのヒューレットパッカード社で日本から撤退しサービス終了。
    安くて手頃だったのに残念です。
    やむを得ず引継ぎで案内されたネットプリントで作成したのだった。



    Geopark ジオパークとは、地球科学的に見て重要な自然の遺産を含む、自然に親しむための公園。
    そうした風土から生まれた美味しいものがジオグルメです。
    カニもウシもジオのおかげで一味違う。


    山陰特有の風土に育まれた多様な「食」
    そのうまさには理由がある、と山陰ジオパークのパンフに書かれてありました。

    黒毛和牛(但馬牛)のここがジオ!

    「険しい山と谷に囲まれた但馬内陸部では峠を越えて牛を荒廃させるのが困難だった。
    その谷あいのなかだけで牛の後輩が続けれ、谷独自の優秀な血統ができた。
    この優秀な血統を掛け合わせることで但馬牛は良質な品種に。
    冬の寒さや牛舎と牧場の高低差が良い霜降りを作るきっかけにもなった。」

    ズワイガニ・ベニズワイガニのここがジオ!

    「大陸のへりが割れてできた巨大なくぼ地「日本海」中心部はとても深い。
    しかし隣接する海と繋がる海峡の水深は概ね50〜140m程度と浅いため、
    海水の交換が表層に限られ孤立した「日本海固有水」ができた。
    この冷たく溶存酸素量の多い海水のおかげで、日本海にはカニなどの冷たい海に住む魚介類が生息できる。」




    山陰地方は「弁当忘れても傘忘れるな」と言われるぐらい雨や雪の多い地域です。

    旅の二日目朝から氷雨降ってました。
    城崎の大谿たに川の護岸は玄武岩を積み上げてあるそうです。
    大正14年北但地震で崩れた玄武洞の玄武岩が使われています。








    玄武洞は、160万年前におこった火山活動で流れ出したマグマが
    冷え固まる際に規則正しい割れ目を作り出し柱状に節理が形成され誕生したそうです。


    青龍洞は縦に伸びた柱状節理が迫力あって見事でした。

    玄武岩の中には磁鉄鉱など鉄分が含まれていて、
    溶岩が冷えて固まる時、地球の磁石の方向に磁化されて残ります。
    (残留磁気とか古地磁気という)
    玄武洞の岩石は現在の地磁気と反対の方向に磁化されているのを、
    1926年松山博士が発見し、260万年前〜70万年前を松山逆磁極期と呼びます。
    なんと玄武洞は、地球磁場の逆転が世界で初めて発見された場所だったのです。
    この発見は地球科学におけるプレートテクトニクス説の構築に大きく寄与しました。


    地磁気のポールシフトを実感したかったけれど、
    どうみても玄武岩は玄武岩でしかなかった…。

    しかし豊岡市のマスコットキャラクター「玄さん」の顔が六角形なのは、
    玄武岩に由来するのがよくわかった。







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    石生の水分かれ(いそうのみわかれ)なんて聞いてもほとんどの方はご存知ないでしょう。
    たぶん実際に足を運ぶ人もそれほどいないでしょう。
    ということでちょっと詳しくレポートしてみます。

    JR福知山線の丹波路快速を篠山口で降りて各駅に乗り換えて約30分。
    (大阪9:21→篠山口10:28−10:31→石生11:00)
    運転手さんしか乗ってられなくて一番前の出口から降ります。
    扉は各自が自分でボタンを押して開閉する電車でした。


    石生は無人駅でした。
    駅前には何にもありません。
    たまたま駅前に1台停車してたタクシーの運転手さんに水分かれ公園への行き方を確認。
    1時間半後に駅に戻ったら、また誰もいなかった。

    行く時は町中をショートカットして約10分ほどでたどり着きました。
    ちょっとした名所、「水分れ橋」は帰りに撮影しました。






    線路も平行している国道175号線も分水界を横切っているのですが、
    山の稜線で分かれる分水嶺と違って、イマイチ実感できません。
    この立て看板には、氷上回廊の中心点であると書かれてあります。

    氷上(ひかみ)という地名をどこで知ったかというと、
    私のお気に入り神社である美具久留御魂神社の創建由緒に出てきます。
    丹波の国氷上郡の氷香戸辺が神懸かりして
    「玉もの鎮石。出雲人の祭る。真種の甘美鏡。押し羽振る、甘美御神、底宝御宝主。山河の水泳る御魂。静挂かる甘美御神、底宝御宝主。」

    詳しくは、二礼四拍手一礼→ 2011-09-04

    なんで氷上なんだろうと気になってました。
    そして播磨にある考古学博物館で知った事実は

    マンモスも歩いた道★石生の水分れ★中央分水界→ 2011-12-01

    ということでやっとその地にやってこれたのでした。

    高谷川に沿って、水分れ公園を目指します。



    脇に看板があり、この道の中央が分水界であると。
    この道に降った雨は右に流れて高谷川に落ちると、本流の加古川につながり瀬戸内海へ。
    一方、左に落ちれば由良川支流で日本海に出るのだそうです。

    やっと水分れ公園に着きましたが、どこからが公園なのかよくわからない。



    いそベ神社の鳥居左側に、有名なスポット

    水が分かれる様子をデフォルメしてあるだけで、ほんとに分かれているわけではありません。

    さらに左手に水の上流にいくと



    この奥に展望台へと続く山道が始まりますが、
    イノシシ避けの柵は閉じられ針金巻きつけられて進入を拒まれました。
    高いところから地形を鳥瞰したかったので残念。

    いそべ神社の最初の鳥居をくぐり、右手に行くと水分れ資料館があります。


    私たちが訪れた11月17日は、たまたま関西文化の日で入館無料でラッキー(*^^)v

    手持ち無沙汰にされてた資料館の女性は丁寧に説明してくださった。








    氷上回廊の生き証人、今でも生き続けているのですね。
    マンモスは化石となって、氷上回廊の存在を知らしめてくれていますが。


    かつて大阪の商人は、この氷上回廊の船で運べない部分に運河を掘ろうという計画したそうです。
    しかし実現せぬまま、大型船舶による本州回りの海運業発展により、氷上回廊は忘れ去られていきます。

    九州へ行く時飛行機から見たこのあたりの地形は、ホンマに低い。
    これなら峠をこす苦労がなくてマンモスも歩いたであろうと実感できました。




    現在の石生の町からは、かつての繁盛していた様子は伺えません。
    タイムスリップしたような町並みでした。





    水分れ資料館でもらった中央分水界のパンフレットには、
    地図にも内容にも、どこにもいそべ神社のことが書かれてありませんでした。
    入口最初にいそべ神社の大きな鳥居があるというのに。

    訪れるまでネット検索では、この神社の位置関係がよくわからなかった。
    丹波市の教育委員会も実際訪れた人々もあまり神社は興味ないのでしょう。

    いそ辺神社の、いそという漢字は、山偏に石。
    奇日方命(くすひかたのみこと)を祀ったお社が昔からあったはず。
    あとで境内の一部に公園ができて資料館ができたのでしょう。
    歴史をないがしろにしてるように思われました。
    神社そのものは立派でした→石生の水分れにあるいそ辺神社



    水分れ公園へ行く遊歩道も、川の土手下で景色が悪い。
    ほとんど交通量のない田舎道なので、私たちは遊歩道からもとの土手道に戻り歩きました。
    この間一度も車に出あわなかった。

    あの鳥居横のデフォルメ分水界もイマイチだし。
    観光に力を入れたいんだったら、もう一度考え直さないと、ね。

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    高速道路ガイドマップとかでよく見かける加古川かつめし。
    一度食べてみたかった。
    西宮名塩のサービスエリアでいただきました。

    兵庫県加古川市の郷土料理・ご当地グルメです。
    皿に盛ったご飯の上にビフカツ(または豚カツ)をのせ、
    主にドミグラスソースをベースとしたものをかけ、ゆでたキャベツを添えた料理です。
    味はまぁ可も無く不可もなく、一般的に美味しい部類ってとこかな。



    加古川学園と播磨学園、二つの表札の意味を今まで知りませんでした。





    建物の脇に設置された大きなドラム缶みたいなものは何なんでしょう?

     
    播磨学園、 初等、中等(短期処遇)
    加古川学園、 中等 (長期処遇)
    大阪矯正管区の管轄で、
    日本初の「総合型少年院」として運営されてて庶務課と医務課は共通。

    私が面会に行った先は加古川学園で、長期処遇の受刑少年に初めて逢いました。
    同乗させてもらった車の中で、今一度資料を読み直す。
    このときが一番不安です。

    活字だけからならスンゴイ凶悪犯を想像してしまいがちですが、
    実際逢ってみて一安心。
    今まで保護観察を担当した少年の中で一番頼もしく、今後の更生が楽しみに思えました。

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  • 12/13/13--00:20: 大阪光の饗宴



  • 昨日夕方、大阪中之島へ出る機会がありました。
    大阪市役所横の中之島イルミネーションはちょうど5時になったら点灯。
    いつ見ても清楚で美しい。



    中之島公会堂では15日からの光のフェスティバルに備えて工事中でした。
    12/15〜25 午後5時から9時まで
    1回6分のショーが30分に一度ぐらい?

    23日はワンコインコンサートと見学会があるようです。


    御堂筋のイルミネーションはデジカメ撮影なので後日画像整理してUPします。

    今朝のTVでみました↓



    明日から大阪城3Dマッピングスーパーイルミネーションが始まるそうで、
    昨夜はマスコミ関係者に事前公開されたようです。
    料金は一般1,600円、しかしクリスマスシーズンの特定日は2,000円!

    京阪電車の天満橋から京橋間、ビルの合間から大阪城見えます。

    電車の中からならタダやん、
    帰路、ひょっとして電車の中から見えるかも、
    なんて、大阪のおばちゃんたちは必死で見入ってました。

    天守閣のどちらの面をスクリーンとするのかな…?

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    高村光太郎作「みちのく」彫像越しに、コーラル珊瑚色のイルミネーション


    大阪地方裁判所での所用を済ませ、中之島のちょうど5時点灯を見て





    帰路を急ぐ、あるいはこれから夜の部にくり出すビジネスマン達に混じり
    イルミネーションを撮影する人もチラホラ



    平野町の大阪ガスを過ぎた辺りから、イルミネーションはイエローに変ります。

    さらに南へ、向かった先は




    続く


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  • 12/15/13--06:18: JR往復割引


  • 埼京線戸田公園駅ホームからとても端正なお山が見えて、西陽が神々しかった。
    ひょっとして富士山?
    気になって尋ねたら、やっぱり富士山だった。
    家に戻り地図で確認したら、さいたま市南は富士見市、なるほど〜




    親戚の不幸があって、葬送の儀に参列するため、昨日昼過ぎに新幹線に乗った。
    前日の金曜日、淀屋橋のチケットショップで新大阪ー東京間¥12900
    往復で680円安いから買おうとしたら、
    利用する前にみどりの窓口で本日利用に訂正する必要があると言われたのでやめた。




    新大阪の新幹線切符売場のおねえさんに、埼京線戸田まで往復割引で購入したいと言うと
    片道601km以上の規定に足りないと言われました。
    彼女はいろいろ調べてくれて、新神戸ー戸田の切符にすることで
    往復割引が効く範囲となり¥16820

    そして新大阪ー東京間の新幹線自由席特急券 4720 ❌ 2
    合計 ¥26280

    格安チケット12900❌2 に東京ー戸田の乗車券買うよりほんの少し安くなりました。


    わずかではありますが、大阪ー東京間の往復割引は601kmを越える区間で往復割引利用すると良いことがわかりました。
    大阪のおばちゃんの世知辛い要望に応えて下さった、JRのお姉さん、どうもありがとう(^^)

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    ご近所のシニア女子会が先週催されました。
    言葉端的に言えば大阪のおばちゃんたちの集い。
    ちょっと高級ディナーを奮発してイルミネーション見にいこうという企画でした。

    予約してもらった本町のセントレジスホテルの
    フレンチビストロ「ルドール」で6時目指して淀屋橋から歩いた話の続きです。


    今までにも何度かこの前通ってましたが、このホテルの1階角が本町ガーデンシティとは知らんかった。

    ちょうど、OSAKA LOVER’S CMコンテストの表彰式やってました。


    そのガーデンシティ左奥の扉がレストラン「ルドール」


    予約時間の30分以上前に到着したので、田舎モンのおばちゃんは不審者のごとくウロウロ。




    人目がない時を狙って撮影しました。

    めっちゃオシャレ〜


    乾杯用のスパークリングワインがサービスで付いてました。
    もちろんパンはおかわり頂戴してます。
    このあとスープとサラダも食べたような気がするけど、すでに忘却の彼方。


    魚料理に白ワインでいいですか、と聞かれハイと答えたものの…。
    続いて肉料理に赤でいいですか、って。



    5500円のコースを予約したとは聞いてたけど、
    ホテルのレストランなら税サ別で、アルコール別途で一人8,000円は覚悟して出向いてはいた。

    しかしグラスワインがびっくり請求につながってはいけないので、
    大阪のおばちゃんは恥ずかしげもなくウェイターに尋ねてみたのだった。

    なんとコースに3杯サービスでついてるんだって^^

    4人のうち一人はアルコールダメで、
    その方のサービス分をコチラに回してもらって (^^*)V


    デザートも堪能して、珈琲もデミタスカップじゃなくてうれしかった。

    大満足の食事会でした。
    6時予約で9時近くまで居座ってました。
    そして支払いは一人5,500円ポッキリだったのです。

    最後帰る前に、おばちゃんたちは、インテリアの石膏レリーフが不思議で


    お客さん〜
    そんな汚い手で触ると汚れますし指紋付きますからやめてくださいよ。

    たぶんレストラン関係者は心の中でそう叫んでいたに違いない。

    そのかわりにこの場で宣伝しときますね。

    本町のセントレジスホテルのフレンチビストロ「ルドール」
    予約とかは→ こちら

    高級感あって、オシャレで美味しくて、女ごころをくすぐりますよ〜
    おまけにこころ安い値段で、また行きたい。
    向こうは来ていらんと思ってるかも…


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  • 12/19/13--07:51: 和菓子 洋菓子


  • 京都の由緒ある老舗菓子店 老松の「山人艸果」
    古代から日本の風土にはぐくまれた菓子を一切の人工添加物を廃して再現するもの。
    これは、金柑を蜜に漬けた「橙糖珠(だいとうじゅ)」

    リーフレットには、老松家は宮廷祭祀官卜部家の流れをくみ、その系譜に
    食物神大御食津命の名もつらなるそうです。


    東京のお土産、OGGI のガトーショコラ


    どちらも美味しく頂戴しました。
    ありがとうございます。
    年末の慌ただしいひとときを和ませてくれました (^_^)v

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    クリスマス豪華ディナーに一緒したかたが写真持って来てくださいました。
    右下の4人一緒に写っている場所は、エルメスショップのイルミネーションです。


    9時前にレストランを出ると夜の帳が降りて一段と暗さが増した空に
    イルミネーションの華が映えてきます。

    本町の中央通を越えると銀杏並木の光の色はブルーに変わります。




    心斎橋に来ると高級ブランドショップが並んでいます。

    フランクミューラー


    ハリーウィンストン


    エルメス


    カワイイので写真撮る人がたくさんいますが
    エルメスのガードマン? がシャッター押してくれました。

    地下鉄御堂筋線心斎橋北口から地下に入る寸前の銀杏


    おそらく御堂筋で一番葉が落ちず踏ん張っていた銀杏かも。
    この樹にはイルミネーションデコレート施されてないのです。
    やっぱり木々は、人間の都合で電気照明巻きつけられたら嫌なんやろねぇ〜


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    今日は1年で一番昼の短い日。
    太陽の出ている時間が短く、陰が極まり陽に転ずる境め。
    これを一陽来復といい、かつては新年や立春よりも重きを置いた日だったようです。

    今日は葛城の一言主神社へお札賜りにいきます。




    去年、味を占めた守口市花図かん主催の寄植えつくり。
    わずか1500円で立派なのが出来上がります。

    12/20午後1:30から30分ほどで完成 (^_^)v


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    冬至の晩、日付が変わる時に屋内に貼る難転魔滅のお守りです。
    平成26年の恵方は、東北東だそうで、そちらに向けて貼ります。

    奈良県御所市にある、葛城一言主神社で賜ってきました。
    冬至、陰極まって陽が復ってくること、一陽来復。

    去年一緒に参拝した4人のうち二人は願い叶ったので、
    御礼参りと新しいお札を賜るというのを聞いて
    今年はさらに3人増えて7人で参拝しました。

    もし今晩無理なら、大晦日や節分の晩でも大丈夫です。






    立派な獅子ゆずが売られてました。
    200円とはやす〜


    冬至のお風呂にはゆず、かもきみの湯で温泉つかってきました。
    見晴るかす金剛のやまなみは雪景色。





    かもきみの湯は、温泉かけ流しで500円と安いのですが、
    ステーキとエビフライランチとセットなら、¥1780 (^_^)v




    帰り道、南阪奈道路から、PL平和塔が見えて、その東側に天使の階段の日差しが神秘的でした。

    今年最後の神社参拝、つつがなく終了しました。
    たった一つのお願い、叶えてくださるでしょうか…☆彡

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    堺の三国ヶ丘で入院する母を見舞うのに、阪神高速で行くつもりだった。
    ところがナビがたぶん最短距離で、天満から谷町筋を南下し天王寺を通過する一般道を示した。
    ふつうだったら絶対そんなど真ん中を通りはしない。
    けど連休だし空いてるかもとナビのいうとおり走ってみた。


    上町台地、歩いた時は歩道だからか気にならなかったけど
    車道からだと、あべのハルカスは見事に龍脈を遮ってるように見えた。
    ちょうど四天王寺前で信号待ちしてる時に運転席より写しました。



    母を見舞ってから、DIVAさんに教えてもらった、あぐち神社へ。
    開口と書いてあぐちと読みます。
    東の鳥居から車ごと入りましたが、北にも西にも鳥居があり開かれた神社でした。

    西の鳥居近くに三国丘高校発祥地の碑が立ってました。








    来たる甲午、開運招福となりますように。

    開口神社は住吉大社奥の院ともいわれるそうで、ただいま検索中。
    追って母のルーツと絡めてUPします。


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    中央公会堂の光の舞は昨日Xmasで終了しました。
    この画像はスマホ撮影で、以下の画像はデジカメです。

    10月半ばから2ヶ月間、中之島のなにわ橋で降りて裁判所へ何度も通いました。

    11/26に初めて、中央公会堂の屋根の上にミネルヴァとメルクリウスの像があることに気づく。
    その時の記事は
         →八百万(やおよろず)の神神のご加護ありて

    科学・工芸・平和を象徴する女神「ミネルヴァ」と
    商業の神「メルクリウス」英語ではマーキュリー。

    クリスマスシーズンに、光のフェスティバルパークとして
    「ミネルバとメルキュールの物語」というタイトルで光の3Dマッピングがあることを知りました。
    なんとグッドタイミング!!
    最後のクリスマス聖夜、見てきました。









    ストーリー仕立てになってるらしい ?
    けど、なんとなく希望がもてそうな光の芸術でした。

    約6分間のショーはもちろん無料です。
    8時前に正面前に到着して、運良く1分後に始まりました。

    終わると一方通行で北浜の方へ流れ混雑はありませんでした。


    最後にライオンの石像のある難波橋から土佐堀川を撮影


    渡辺橋のフェスティバルホールは1年前にキレイになって、
    イルミネーションもミュージックで素敵でした。


    サッポロ・エビスのビアガーデン「フェスティバール&ビアホール」のビールも美味しかったし。

    2つの裁判は勝てたけど…、
    お金を取り戻すにはまだまだハードルは残ってます。
    執行という次のステージに移ります。

    ミネルバとメルキュールのご加護あれかし

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  • 12/28/13--09:14: 今年最後の乾杯^_^




  • 大枝神社地車隊の忘年会でした。
    違うグループだとまた違った店で新鮮。

    明日と明後日は防犯夜周りで今年の公的仕事が終わります。

    皆様もくれぐれもご自愛のうえよいお年をお迎え下さい。

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    堺市の旧市街に開口(あぐち)神社があります。
    境内散策してて目に留まったものいくつか記録残しておきます。

    商店街側、西の鳥居はいってすぐ、右手民家前に句碑
    「神還り まいて このかた ○からず」
    先週の参拝した日は寒くなかったので、寒からず かと思って撮影したけど
    ウ冠ではなくて、覚ならず のようにも見えます。
    なんて書いてあるのでしょう  

    堺まちあるきマップによれば、開口(あぐち)神社は以下のように紹介されています。

    旧市街唯一の式内社で海の神様ととして知られ、住吉大社の奥の院といわれています。
    行基が境内に念仏寺を建立したことなどにちなみ「大寺さん」と親しまれています。


    今日は、店をあける今年最終日。続きは帰ってから書きます。



    ただいま午後8時、
    防犯夜回りなのでそれまでに仕上げるつもりが、
    最近PCの具合悪くて…
    iPadから続きかきますので、だいぶはしょります。





    この開口の神様は塩土老翁。

    海幸山幸の神話では、海幸彦の釣針を失くした山幸彦の前に現れ、
    小舟を出して、竜宮にいる海神に相談するように告げます。

    山幸彦は、塩土老翁(しおつちのおじ)勧めで竜宮へ行き海神の女豊玉姫と結ばれました。
    その時、海神から潮涸珠(しおふるたま)・潮満珠(しおみつたま)を授かります。

    陰なる潮満珠(潮干珠)を住吉大社の玉出島(大海神社・玉之井)に納め、
    陽なる潮涸珠は、あぐち神社の近くにある宿院頓宮の飯匙堀(いいがいぼり)に納めました。

    この塩土老翁が腰掛けたと伝わる石、岩座がこの地にあるのです。

    開口神社の由緒には

    奈良時代には開口水門姫神社と称しており、
    最古の国道と言われる竹之内街道の西端にあって大阪湾の出入口を守る神社で、
    神功皇后勅願によって建立されたと伝えられます。
    堺の集落はこの辺りから発展し、町となって来ました。
    その後、平安末期の天永4年(1113年)開口・木戸・原村の神社が合祀され堺の総氏神として崇敬を集め、
    また江戸時代まで念仏寺というお寺が境内に在った事から今も大寺さんといわれ親しまれています





    この時には見落としましたが、西の鳥居すぐのところに立つ石灯には、


    住吉奥宮 三村 大神宮と陰刻見られるようです。




    やっぱりこういった内容をiPad投稿キツイわぁ〜

    0 0
  • 12/30/13--21:32: おかげさんで


  • 蝋梅と水仙いただきました。
    めっちゃいい匂いです。
    玄関がお正月のにおいで充満しています。


    蝋梅をどう活けたらいいのか分からなくて…
    いつのまにか蕾がいっぱい下に落ちてました。

    ちなみに壷は若かりし頃に自分で手びねりで作ったものです。
    水漏れることなく今でも時々使っています。

    中高のまだまだ幼かった頃にいけ花を習ってました。
    あのころ家に持ち帰り活けなおして花器に水を入れるのをよく忘れました。
    年を経ても習性は変わらず、先ほど水入れてきました^^



    今年も年越しにいろいろ戴きました。
    いつも気にかけてくださってありがとうございます。

    酒粕、おもち、鮭、雑煮大根、干し柿、…。
    今朝戴いたものは、ヘチマとセンブリ。
    ヘチマは水にしばらくつけて皮を剥くとヘチマスポンジになるのですって。
    センブリは良薬口に苦しの最たるものらしい。
    どちらも初めての体験です。




    確かに強烈に苦かった(>_<)

    ノートパソコンは昨夜ウインドウズメンテナンスしましたが、
    やっぱり今繋いでてものすごく遅いです。

    ?マークと/のキーがなくなっているのは、エソラが赤ちゃんの頃に激しいタッチで触ったため取れました。
    いつもクエスチョン、とかスラッシュと入力して表示させてます。
    来年一番最初の買い物はパソコンになりそうです。


    最後になりましたが、今年も「質オザサ店主ブログ」ご訪問ありがとうございました。

    DIVAさんが大晦日未明にコメント残してくださいました。

    『…ところで、先日一言主神社へ行きました。
    弟の車に乗せてもらったのですが、道中、彼が言うのです。
    「質屋さんのHPがあってね、ぜひ、教えてあげようと思って!
    葛城古道について同じこと考えてる人がいるもんやなあ…」
    「質屋さん?? もしかして、それ、おざささんっていう方のブログ!?」
    「そうやけど?…も、もしかして、DIVAさんて…!?」
    「ハ〜イ〜 私がDIVAですぅ〜♪」
    「なんや〜!びっくりやな〜〜!!」

    インターネットで誰ともつながれる時代となりましたが、こんな近しい間柄に奇遇があろうとは。
    ulalaさまのブログに、2014年も同好の士が集い、
    またまた楽しい縁がつながればいいですね。』

    ホンマ、ありがとうございます。
    合縁奇縁。
    たかがネット、されどネット。

    昨日30日、年内最後の振込み確認しようと
    午後3時半ネットバンキングに繋ごうとしたらなぜかログインできない!
    25日と29日に、東京三菱UFJ銀行を名乗るメールが届いていて繋ぐと偽装サイトでした。

    もちろんそれを見ただけで番号とかは一切入力してませんが、
    そのサイトに繋いだだけで、ひょっとしてヤラレタ?と心配になりました。
    銀行に電話をかけて一騒動でした。
    あらかじめ銀行に提示してある電話番号にしか個人情報開示できませんといわれました。
    家の電話番号だったので急いで家に戻りました。
    最終的に被害には遭ってませんが不思議な顛末でした。

    ラインやフェイスブックがらみ事件も次々多発しています。
    保護司会の定例研修でも来年2月には、
    大阪警察本部からサイバーネットの専門家を招いて講演してもらう予定です。

    昨日の新聞で見ましたが、安倍首相のフェイスブック
    26日靖国神社参拝の投稿記事に74,000件を超えるいいね!
    首相就任後過去2番目の多さとなったそうです。
    いいね!の最高は、9月8日の173,000件。
    2020年のオリンピック開催都市が東京に決まったことをガッツポーズの写真入りで報告したもの。

    靖国参拝はこれに次ぐ多さで、コメント数では五輪決定時の約6,900件を上回り9,000件を突破。
    ありがとうございますといった肯定的な意見が多いらしい。

    さて、こちらgooブログでは、この年末無料でアクセス内容を見ることができ、本日最終日です。
    いつもなら以下の表示しかわかりません。
    12月30日のアクセス
    閲覧 980 PV DOWN!
    訪問者 381 IP UP!


    ちなみに、12月30日のページごとの閲覧数のトップ10は

    1 トップページ 66 PV
    2 荒神さんと三宝さん(2011-06-01 ) 46 PV
    3 開口(あぐち)神社で目にとまったもの (2013-12-30)40 PV
    4 今後の日本が自分が正しくあることができ...(2013-11-03 )17 PV
    5 いいね!は、現地でね@城崎マリンワールド(2013-11-28)16 PV
    6 石生の水分かれにある いそべ神社 (2013-11-17)15 PV
    7 いちごんさんの一陽来復 (2013-12-22)11 PV
    8 お守り☆玉のを(2009-02-15)7 PV
    9 天神坂の安居天神の菅原道真と少彦名命 (2013-04-19)6 PV
    10 プロジェクションマッピング@中央公会堂 (2013-12-26)6 PV


    4番目の天皇陛下の「真実に生きられる社会に」と異例のお言葉の記事、
    この1週間いつも5番目までに入ってました。
    なんかうれしくて、この先の日本に期待が持てるような。

    それでは、あと10時間ほどで甲午の年がめぐってきますが、
    皆々様のご多幸とご健康を祈ります。

    どうぞまたお越しいただけますように。
           おざさともこ(うらら ulala)

    0 0



    新年おめでとうございます。
    年始早々のご訪問ありがとうございます。
    今年もご贔屓たまわりますように m(--)m

    甲午の年、一番最初の画像は、セピア色した懐かしの写真をデジカメ撮影したものです。
    うちの母と母の父。

    祖父と一緒の写真は桜の花が咲いているので、たぶん妹が生まれた年の春?
    昭和32年(1957年)4月に新生児の顔を見に来てくれたのだと思います。
    手を繋いでもらった私は3歳半、当時のザンギリおかっぱ頭が懐かしい。

    母方の従兄弟たちは皆、このおじいちゃんの写真を持ってないらしいです。
    たぶんこれが唯一の一枚かもしれません。
    じゅんちゃん、ちかちゃん、よく見てくださいよ〜
    かおるちゃん、ひろっちゃんにも見て欲しいな。
    あの時代にダンディでしょう。



    母は認知症になってから、住所を尋ねると、
    いつも自分が生まれ育った場所を言いました。

    「堺市戎之町東4丁目22番地」

    第2次世界大戦の終盤、堺の旧市街は大空襲の被害を受けました。
    昭和20年の五次にわたる空襲により1870余柱の堺市民の尊い生命が失われたそうです。

    母の実家はお寺で、3人姉妹の一番下のこいちゃんでした。
    いつも境内の砂を掃目つけて掃除してたそうです。
    でもそのお寺の名前はわかりません。

    旧市街の戎之町あたりは寺町で、7月の空襲で本堂に焼夷弾が落ちて火の手があがった。
    タオルを水でぬらして鼻と口を覆い着の身着のまま、親戚がある黒土まで逃げたと聞いています。
    そのため写真はもとより思い出の品は何一つ残っていないのです。



    昔母から聞いたところによれば、殿馬場小学校がすぐ近くだったのに、学区は熊野小学校に通った。
    熊野と書いて、「ゆや」と読む不思議な由来は昨夜検索してわかりました。
    また後日ご紹介します。

    母方の祖父、森忠治はすでに私が小学校1年頃に亡くなっています。
    この写真から数年後バイク事故だと聞いています。
    後妻さんの息子さんが後を継がれたため、その後母の実家を訪れることはなくなりました。
    戦後寺を再興することなく、原村?の助役とかをしてたらしい。

    親戚のおっちゃんの話では西国33箇所の施福寺とも懇意だったとか。
    施福寺は天台宗のようですが、燃えたおじいちゃんのお寺も天台宗だったんだろうか?

    どなたか戦前の戎之町東4丁目界隈のことご存知の方居られましたら、何なりと教えてください。

    高校は堺東にありましたから3年間も通いながら、当時全く興味なくて。
    妹も泉陽高校出身ですから母の生家のもっとすぐ近くまで通ってた。
    数年前になってやっと行ってみようと散策したらしい。

    私もこの年齢になってやっと母のルーツを調べてみたくなりました。
    たまたま母は去年暮れから三国ヶ丘の病院に入院中です。
    見舞ったついでに、暮れには開口神社へ参りました。

    なぜ一番最初にこの神社を選んだかというと、出身高校発祥の地だったから。

    昨日元旦は、子ども孫大勢で見舞ったので、そのまま妹の家へ例年どおり新年パーティへ。




    今年も年始早々、おもいっきりご馳走になってきました。
    いつもありがとう。


    中世の繁栄を誇った堺は、大阪夏の陣で豊臣方に焼き尽くされたようです。
    堺の環濠は、徳川幕府に再建され中世のものより東に移動し、一回り大きなまちとなりました。
    「元和の町割」と呼ばれ、この環濠が土居川で、北・南・東に巡らされていました。
    西側は海で、農人町の内側に南北に寺が配置され寺町となっていました。
    しかし1945年の堺空襲で、寺町の多くも焼失しました。

    殿馬場中学校から北の泉陽高校にかけての辺りが、堺奉行所跡。
    堺奉行の管轄は、新大和川筋・石川筋まで及んでいて、
    1889(明治22)年町村制施行で堺市が発足し、昭和初期まで堺市役所もここにありました。

    母の話によくでてきた殿馬場小学校は戦後殿馬場中学校になっています。

    次回、母を見舞ったら、菅原神社へ参拝しようと思います。

    摂津・河内・和泉の三国の境は不思議なところ。
    三国の境界にあるため方角のない聖地が三国丘。
    なんとその名がついた高校を卒業してたのです。

    たまたま母は人生最終の局面に来て、生誕の地近くの三国丘に戻ってきたのも何かの縁。
    この新春は母を見舞いつつ、探索してみたいと思ってます。
    今年も不思議探検よろしくお付き合いお願いいたします。


    0 0

    久しぶりに映画のハシゴしてきました。
    といってもシニア料金1,000円の初めての利用です。

    お正月といえども朝1番なら空いてるだろうと、9時に大日イオンに到着。
    ところが駐車場はけっこう混んでるし切符売場はすでに行列できてた。
    それでも9:00スタートのかぐやひめ、12:10からの永遠の0の席を確保できました。

    最近の映画は開始前の宣伝が長いので、
    かぐやひめ本編始まる直前に着席できてセーフでした。



    11時半ごろ終了。
    無料のパーキング時間が3時間なので一度車を外に出す。
    もしそのまま駐車してたら9時から15時まで6時間駐車、
    オーバーした3時間の駐車料金1200円が必要なのだった。
    せっかくのシニア料金利用したのに、なんとも惜しい話でしょ。

    しかし駐車場はより一層混みだして並んでる。
    このけち臭い貧乏人根性で、ひょっとして開演に間に合わんかも…
    やきもきして駐車列に並んでました。
    しかしラッキーなことに12時には駐車できて間に合いました。

    今年は幸先いいかも〜

    永遠の0が始まるまでのわずかな時間を利用して、ジョーシンへパソコンを見に。
    表示価格よりも少しお値引きできますよと言われパンフもらう。




    永遠の0は12:20頃から14:50頃に終了まで2時間半。
    ちっとも退屈することなく、涙、涙。
    とても帰りにジョーシンへ寄れる状態ではありませんでした。

    母が堺の空襲で焼きだされた話を昨日書きましたが、
    日本あちこちで空襲被害を受けたまさにその時代。

    今年は2014年、1945年終戦で69年が経ちました。
    ワンジェネレーションは35年、ということはほぼ2世代が過ぎたことになります。
    ただ単に戦争を風化させないというだけでなく、いろいろ考えさせられます。
    CGも今まで見た日本映画では極上だし、
    山崎監督がTV番組で、雲の映像を何時間も撮影したといわれるだけありました。

    チャンスあれば是非ご覧になられるといいおススメ映画だと思います。


    生き残ったものは、物語の続きを綴っていく責務がある。
    ファミリーヒストリーを昨日書いていてドンピシャの台詞でした。

    過去2回、鹿児島の知覧特攻平和会館を見学したことがあります。
    施設はいるととめどなく涙が流れました。
    映画を見ながら感情がオーバーラップして嗚咽こらえるの苦労しました。

    2008-09-30 海ゆかば → こちら

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    1月5日は二十四節気の第23番め、小寒(しょうかん)
    元旦に新月だった月は月齢4日となりいつもより寒空でくっきり大きく見えました。
    いよいよ寒の入りで、底冷えするシーズンです。
    暴飲暴食やグータラ生活でなまったからだに寒さがこたえます。
    明日から初での方も多いでしょうが、くれぐれもご自愛下さい。


    今日は、母を見舞う前に、母の生家があった堺市戎之町東にある菅原神社でおみくじ引きました。

    卦はまずまずの「小吉」ですが、内容がいけてます。

    闇くて見えない道も月がさし初め、明るくなる如く 幸福(さいわい)次第に加わる運ですから 
    あせらずさわがず 静かに身を守って 進むべき時に進んで何事も成就すべし




    夕方家に戻りTVつけたら、たまたまNHKで黒田官兵衛特集してました。
    あと3時間で大河ドラマ「軍師官兵衛」始まりますって調子。
    NHK、今年は大河ドラマにえらいチカラ入れてますね。
    それにしっかりのせられてずっと見てしまった。

    岡田君演じる官兵衛の「命をそまつになさるな 生きられよ」
    これって先日見た永遠の0と一緒やぁ〜

    岡田君、キテマスね。
    ひらパーのCMといっても大阪でしか分からないでしょうが、
    彼は同じ京阪沿線の遊園地ひらかたパークのある枚方市の御殿山出身です。

    菅原神社で由緒略記もいただいたのですが、
    しっかり読めてないので後日記事にしたいと思います。

    今晩はとりあえず、菅原神社のあと「ほうちがいさん」もお参りしたのでそちらの記録から。

    方違神社は、ほうちがいと読みます。
    駐車場に行列できてて、斜め向かいのローソン駐車場をちょっと拝借してのお参りでした。
    時間に余裕なかったので、かけあし参拝の報告です。








    摂津、河内、和泉の3つの国が交わる境目の地であることに由来する堺。
    境の地は三国山、三国の衢あるいは三国丘と呼ばれ、
    どこの国にも属さない独自の霊力がある場所として神聖視されていました。
    方角のない聖地と考えられたようです。






    古来、方災除けの神として信仰されてきました。
    現在も家の新築や、引っ越し、旅行の際に参拝に訪れ、方災除けの祈祷を受けます。



    創建は、第10代崇神天皇の勅願によると伝わります。
    第15代応神天皇は天神地祇や住吉大神、神功皇后を合わせ祀り、この社を「方違宮」と称して厚く崇拝したといわれています。

    本殿の裏に廻ると、楠木姫大神が祀られてたのが一番印所に残りました。





    駆け足だったからか、駐車場でちょっとイケズなおっちゃんに出会いいやな思いをしたからか、
    なんとなく方位のない清らかな聖地、というのが実感できなかった。
    今度はもっと空いたときにじっくり参拝したいと思います。


    方違さんが如何にすごいかという例を挙げると

    天智天皇の叔父にあたる孝徳天皇も豊崎宮に遷都した際に奉幣使を遣わして方災除けの祈願をされた。

    空海も804年に遣唐船にて唐に向かう際に航海の安全を祈って方違祈願を行った。

    平清盛の時代、福原遷都の方災除けのために方違祈願が行われた。

    時は流れ、1868(明治元)年東京へ遷都のために明治天皇が東上する際に17日間の祈祷の命を受けられた。


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  • 01/06/14--15:59: 姫だるまみくじ


  • 堺 菅原神社で戴いた姫だるま、起き上がりこぼしです。
    底に穴あいてて、おみくじが丸めて入ってます。







    オランダのアマリリスもらったので、芽が伸びる前の記録残しておきます。
    後ろの水仙と蝋梅、ええ匂いです〜 (⌒▽⌒)

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